1 私は

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1 私は

 揺蕩う意識が覚醒すると、私はいつものベッドにいた。毛布に黒い斑点が所々にあるのは模様だからでは無く、自分の煙草が布団に触れてしまったからだ。  目覚まし時計の音が聞こえる前に目を覚ましてしまった。時刻は午前7時を指していて、仕事に行くまでにはあと1時間も猶予がある。私は二日酔いでダルい体を起こして、ベッドの奥にある本棚に目線を合わせた。  寝ている時に地震が来たら間違いなく潰される位置にある本棚は、私のお気に入りの本しか入れていない。だから自分が潰されても、喜んで受け入れられる。ジャンルも本の分厚さも全てがちぐはぐなこの本棚は、私の唯一の趣味の結晶だった。  朝ご飯を食べる気分になれなかった私は、取り敢えず私の腰の辺りにある本の1冊を取り出した。その本は本棚の中でも沢山の折り目が付いていて年季が入っていた。表紙には淡白な目玉焼きの絵しか無くて、表紙で買うタイプの人が避ける感じの本だった。  小説の世界に耽溺している間も、私は元彼氏の事を考えていた。丸眼鏡がチャームポイントで笑うとえくぼが出てくる、大人しい彼氏だった。この家に一緒に住んでいた時は、今みたいなすっぴんはほとんど見せなかったし、はしたない女だと思われないような工夫を幾つも凝らした。  煙草に火をつける。有害な煙が身体に染み渡って、また1つ寿命を縮ませた。いや、生きている限り寿命は縮むものだ。だから煙草を吸う行為は、命という蝋燭の底を少しずつ切り取る行為に似ている。元彼氏といる時は吸わなかったから、間接的に寿命が伸びていたのかも知れない。  本の内容が頭に入ってこない。脳が情報を処理しようとしないのだ。その代わりに頭の中で処理し続けているのは、他愛もない、ありふれた思い出達だ。幸せという海で水死体が1つ出来てしまうくらいに。
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