夏の終わりにピュアな恋を

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暦的には夏ももう終わりだというのに、今年も残暑厳しい。 ジージリジリジリジリ 油蝉が今なお活発に鳴いているのが憎らしく、だからといってどうすることもできないこの状況。 ジージリジリジリジリ 時東茜(ときとうあかね)の進行方向にその油蝉がいて、そこから退く気配もなく先ほどから元気いっぱいに鳴いている。 ジージリジリジリジリ 「……困ったな」 目の前には目的地であるお気に入りのカフェ。 けれどその入口のすぐ脇に、一匹の油蝉。 ここで前へ進んで自動ドアが開いたら、その衝撃で蝉は飛んでいくだろうか。 もし飛んだとしても、自分の方向に飛んできたら絶対に嫌だ。 そんなことをぐるぐると考えて茜は油蝉を睨み付けて立ち尽くしたまま。 「だいたい、蝉って朝鳴く虫じゃないの?」 一人ごちるが油蝉には伝わるわけもなく、状況はまったくもって変わらない。 時刻は夕方から夜に変わろうとしているところ。 どれくらいの時間が経ったのだろう。 茜の体感としてはずいぶん長く、けれどカフェの店員からしたらほんのわずかな時間。 ふいにガーっと自動ドアが開いて、一人の男性店員が不思議そうな顔をして出てきた。 綺麗にアイロンのかけられたベージュ色でストライプ柄のコックコートにダークブラウンのエプロンと帽子を身につけたカフェの店員は、背が高くスラッとしていて爽やかさが目を惹く。 このカフェの常連客である茜は彼を知っている。そしてまた彼も然り、茜のことを常連客だと認識していた。 自動ドアが開いたにも関わらず、蝉はまったく動じず相変わらずジリジリと鳴いてそのまま。 「お客様、どうかされましたか?」 「あっ、ごめんなさい。お店に入りたかったんですけど、蝉がいて……」 「蝉?」 おずおずと茜が指差す先を彼は目で追う。 そこには一匹の油蝉がジリジリと気持ち良さそうに鳴いていた。 「ああ、これですか」 店員がむんずと掴むと、蝉はジジッと短く鳴いて足をバタつかせる。その様に茜は全身に鳥肌が立った。 「ちょっと、こっち来ないで!遠くに……遠くに逃がしてっ!」 へっぴり腰になりながら叫ぶ茜の姿はまさに必死。 そんな姿を、店員は珍しいものでも見るかのように凝視し、そして目尻を下げて微笑む。 「お客様が困っちゃうからもうこっちに来るなよー」 近くの街路樹へくっつけてやると、ようやく茜はほっとした表情になった。
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