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始まり
いつもの街。
いつもの景色。
いつもの日常。
何も変わらない。
だけど、何かが狂っている。
だけど、何かが壊れている。
そう思うのは、自分だけだろうか?
─
無差別連続殺人鬼『ジレィ・ドルツェ』その人が世間に跋扈し始めてから数ヶ月が経った。被害者の数は実に八人に及ぶ。その誰もが、胸部から止めどなく血を流し、四肢を縛られた状態で見つかった。
被害範囲は東京都内、丸ノ内線が橋渡しする周辺地域に当たる。然して、範囲が絞られようが、忽然と屍体のみが遺され、殺人の証拠もアリバイも、目撃情報すら一切見つからない始末。
『ジレィ・ドルツェ』は人を殺める度、殺人現場に手紙を遺した。まるでこれはゲームだ、と嘲笑うかのように。
警察、探偵、熱狂的信者、誰も彼もがかの悪名高い殺人鬼の正体を暴き出そうと努めたが、何一つとして詳らかになる事は無い。
すっかり匙を投げる者も出始めた中、突如として騒動は意外な形終結を迎えた。
『ジレィ・ドルツェ』、本名亜久津義春が、自死を遂げたのだ。
自宅の安アパートで首を吊っていた。孤高の殺人鬼にしては呆気ない最期だった。彼は、己が『ジレィ・ドルツェ』である事を、己の筆致で明かしていた。八つの命を奪った凶器も、そこに置かれていた。
『不可解な点は多く残るが、犯人は自殺という形で世を去った。よってこの事件は解決とする』
警察の見解に納得するように、世間は少しずつ、『ジレィ・ドルツェ』に興味を喪って行った。もう誰も、『ジレィ・ドルツェ』の存在に怯えたりなんてしなくなった。
然し。
世間がすっかりジレィ・ドルツェの話を持ち出さなくなった頃合、奇怪なメールが一部の人間に送信された。
まるで、ジレィ・ドルツェの、次の犯行を示唆する様なメールが。
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すっかり蒸し暑くなって参りましたが、如何お過ごしでしょうか。
わたくしとしましてはこうも暑いと苛立ちを隠す事も中々出来ず、つい武器に手を出しては思い止まる日々で御座います。これではいけないと思っておりましても初期衝動というのは何とも厄介な物でして、なけなしの理性が暴走する欲望を押し留めている事態。
わたくしの、人間たらしめる部分が、少しづつ、己の感情に呑まれて行く───こう表現すると奇っ怪に映るかもしれませんが、わたくしには最早、止める術は御座いません。
嗚呼───憐れな仔羊よ!わたくしの魔手に下され、その華を散らすうら若き乙女よ!どうか、どうか、わたくしの事を嗤って下さい。いつもの通り、わたくしに嗤いかけて下さい────
どうか、わたくしを止めて下さい。わたくしが、彼女の花弁を総て千切って仕舞う前に。どうか、どうか─────
ジレィ・ドルツェより
親愛なる世間様皆様方宛
(追伸:この手紙に関しては呉々も、他言なさらぬ様。宜しくお願い致します。わたくしは貴方の事を信用しております。わたくしはいつでも、貴方の事を見ています。)
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