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暗い夜に外出するのは、それだけでわくわくする。
ドキドキとウキウキが混ざった高揚した気分で、こっそりと左右を覗き見る。
右手は母と左手は父とつないで、こころは幸せいっぱいだった。
ママと一緒にいること。
それはこころには特別なことで、非日常的なことだった。
会った時のドキドキと、その笑顔が自分に向けられた時の一気に緊張が解けたような喜びは、こころをいつも幸せにしてくれる。
ママが帰ってくると、パパもいつもより嬉しそうだ。
夜になりきる前の、薄墨がかった道を、三人は歩いていた。もちろん、こころたちだけではなく、夏祭りの会場である神社に向かう人の姿は多く、それもまたこころの心を浮きだたせる。
浴衣を着ているので、ママもこころも歩くのが遅い。
ふと、ママが屈んで、こころに耳打ちした。
「あし、大丈夫?」
慣れない草履で心配したのか、そう訊いてきたので、こころは「大丈夫だよ」と返事をして、ママの足元に目をやった。
下駄の鼻緒が擦れて、足の親指と人差し指の付け根が赤くなっている。
「ママ……」
こころがママを見上げると、ママはしーっと人差し指を口に当てた。
自分が痛くなったから、こころのことを心配してくれたのか。
秘密と言われたが、そうもいかない。よく転んで擦りむいてしまうこころの為に、パパは絆創膏を持っているはずだ。
「パパ」
こころはパパを呼ぶと、左手を離し、ママの足を指さした。ママが「あ」と小さく声を出すのが、聞こえた。
「ママのあし、いたそう」
そう教えると、パパは慌てて袂から絆創膏を取り出した。
ほら、持ってた。
「擦れちゃったんだねぇ」
パパはママを道のわきに連れて行き、背の低いブロック塀に座らせると、そっと下駄を脱がせた。
その様子がお姫さまと王子さまのようで、こころは落ち着かない気分になる。
「ああ、格好悪いな」
お姫さまが困ったような顔で、王子様を見下ろす。
「何言ってるの。こんなのほっといたら、どんどん痛くなっちゃうんだよ」
そう言いながら、王子さまはお姫さまの足に、恭しく絆創膏を貼った。
「ありがとう」
お姫さまは王子さまにお礼を言うと、こころの方を見た。優しい顔だ。
「ありがとう、こころ」
こころは何度も頷いた。
「さぁ、行こうか」
王子さまはお姫さまに手を差し出し、お姫さまはその手を取って、立ち上がった。
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