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23話
俺がウィリアムス師と馬車に乗ってフィーラ公爵邸を目指したのはこの日の昼頃だった。
1時間もしない内にフィーラ公爵邸に着いた。ウィリアムス師が先に降りて俺が降りるのを手助けしてくれる。本当は一人で降りなければいけないのだが。
まあ、そこは年齢のせいにしておこう。俺がまだちっこいから師は見かねてやってくれたのだ。
「……殿下。フィーラ公爵ご夫妻があちらにおられますよ」
「あ。本当だ。えっと。こんにちは。フィーラ公爵、シンディ夫人」
俺が挨拶をするとフィーラ公爵と夫人がこちらに歩いてやってきた。二人ともにこやかに笑っている。
「おお。エリック殿下。それにウィルさん。お久しぶりです」
「ああ。ダリル、いや。今はフィーラ公爵だったな。久しぶりだ」
「……ウィリアムス様。お久しぶりです。わたしもお会いできて嬉しいですわ」
「ええ。シンディ夫人もお元気そうでなによりです。ご子息のトーマス君やシェリア嬢もお元気ですか?」
「はい。トーマスもシェリアも元気です。ウィリアムス様とお会いするのは五年ぶりくらいかしら。シェリアは初対面ですわね」
そうですなと師は頷く。確かに五年前といったらまだシェリアちゃんは生まれていない。当然俺もだが。
シンディ夫人とフィーラ公爵はウィリアムス師と和やかに談笑しながら邸の中に入る。俺も後に続いた。護衛役のジュリアスと二人の部下も付いてくる。
「……殿下。ではトーマスとシェリアを呼んできますので。ウィリアムス様と一緒にお待ちくださいませ」
シンディ夫人がそう言ってサロンを出て行った。ダリルことフィーラ公爵は侍女が用意した紅茶を飲みながら昔話に花を咲かせている。俺は他にやる事もないので侍女が別に用意した果実水をちびちび飲んでいた。後、生クリーム付きのスコーンやクッキーを摘みながらぼんやりと考えた。
ウィリアムス師とフィーラ公爵は30年前くらいに知り合ったらしい。30年前といったらウィリアムス師は現在で45か6歳くらいだから15か16歳といったところか。フィーラ公爵はたぶん、40歳くらいだろうから10歳だろうな。
そんな昔に二人は外を走り回っていたようだ。かなりの腕白といえるだろう。
「……殿下。フィーラ公爵とお話をしていましたが。実はシェリア嬢と二人でお庭を散策したらどうかとわたしが勧めていたのですがね」
「……シェリア殿とですか。ううむ。いいのですか。公爵」
「ウィルさんの勧めであればいいですよ。娘とはわたしめも仲良くしていただきたいですし」
「わかりました。公爵や先生のお言葉であれば」
「……ただ、娘に。シェリアに不埒な事はしないでいただきたい。お願いしますよ」
俺はわかりましたと頷いた。公爵はにこりと笑っていたが目は笑っていない。
背筋が寒くなりながらもこれには同意する他なかったのだった。
「殿下。いらしてくださったんですね!」
シェリアちゃんが花の咲くような笑顔でサロンにやってきた。あー、やっぱり目の保養になる。オッちゃん二人と一緒だったからちょっと生き返るというか。そんな失礼な事を考えながら俺はシェリアちゃんに近づいた。
「ああ。久しぶりだな。シェリア殿」
「はい。では早速お庭に行きましょう。今は夏も近いですけど。薔薇の花で咲き始めた物があります。一緒に見ましょうよ」
「……わかった。行こうか」
俺は手を差し出してシェリアちゃんを誘った。おずおずと恥ずかしそうにシェリアちゃんは片手を俺の手のひらに乗せた。ぎゅっと握るとそのまま引っ張って庭に向かった。
「……へえ。綺麗だな」
「そうでしょう。うちの自慢の薔薇なんです」
シェリアちゃんが張り切ってそう説明する。その間、繋いだ手は解かない。ちなみにトーマス兄貴はこの場にいなかった。うーむ、トーマス兄貴と会えないとなるとちょっと困った。といってもシェリアちゃんの誘いを無碍にできないし。考え込んでいるとシェリアちゃんが心配そうにしてきた。
「殿下。どうかしましたか?」
「いや。何でもない。ちょっと考え事をしてだけだよ」
「考え事ですか」
「……トーマス殿に挨拶をするのを忘れていて。すまないが後でさせてもらってもいいかな?」
「ああ、何だ。兄様に挨拶できなかったから考え込んでいらしたんですね。わかりました。後でさせてもらえるように父様にお願いしてみます」
ありがとうと言うとシェリアちゃんはにっこりと笑った。無邪気な笑顔に癒される。
「殿下。じゃあ、こっちにガセボがあるんです。そこでお休みしましょう」
頷いて付いて行ってみる。シェリアちゃんの言葉通りガセボがあった。そこで椅子に座って休憩する。
「……シェリア殿。ここは涼しくていい風が吹くな」
「はい。わたくしもここがお気に入りなんです」
二人してたわいもない話をした。シェリアちゃんは見かけは気の強そうな顔をしているが。実際しゃべってみたら素直なくるくると表情のよく変わる可愛い子だ。俺は前世の女性の影響か妹と話しているような感覚になっていた。
このまましゃべっていたいが。夕暮れ時になって仕方なく繋いでいた手を離して別れたのだった。
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