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「ねぇ、連れてってよ!」
桂木さんが無邪気に言う。僕が何か言う前に彼女は僕の手を掴んで走り出した。僕は引っ張られるまま教室にある鞄を取り、そのまま外に出る。「案内して」とやっとそこで僕の腕を手を放して言った。僕は特に用事も無かったので、仕方なく案内する。
久しぶりに来た丘はまだ7月の下旬ということもあって、ラベンダーが一面綺麗に咲いていた。「ここがベストスポット」と桂木さんはラベンダーを踏まないように歩くと、キラキラした目で夕日を見上げた。
「綺麗だろうなぁ……」
まるで天体に恋でもしたかのように、うっとりした目で言う。早く当日になってくれないかなぁ、とも言った。僕は周りを見渡して、近くにある病院に目を留める。
──大災害が起きたら、丈くんが美羽を助けてよ。
まだ12歳の僕の記憶が蘇った。10歳の少女が、12歳の少年に縋った一言。
「丈くん?」と呼ばれ、ハッとなる。僕が桂木さんの方を見ると、桂木さんが心配そうに僕を見た。いけない、すっかり回想に浸っていた。
「病院がどうかしたの?」
「いや、別に」
「そう……」
桂木さんはまた病院を見たが、すぐにラベンターに視線を向けた。それから、楽しみだねと僕に言う。僕は相槌を打つと、病院から桂木さんに目を向けた。
桂木さんといると調子が狂うな。思い出したくなかったのが、桂木さんといるとつい思い出してしまう。5年前に美羽が死んだあの日に、封印したのに。
「そう言えば、桂木さんはどうして北海道に?」
僕は話題を変えるために、何気ない質問をしてみる。すると一瞬桂木さんの顔が引きつった。それから歯切れの悪い口調で「ちょっとね」と言う。聞いちゃマズかった内容だったかな。僕はそれ以上何も聞かずに、また別の話題を探そうとする。でもその前に桂木さんが新しい話題を提供してくれて、何とか首の皮が一枚繋がった。
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