3人が本棚に入れています
本棚に追加
◇
──本日の夜、いよいよスーパームーンが見ごろを迎えます!
キャスターの喜々とした台詞を聞いて、僕はテレビの電源を切る。今日はいよいよスタージェンムーンが見ごろになる日だ。僕は自前の一眼レフを鞄に入れ、自転車にまたがる。月は少しだけ見えるが、まだ見頃ではないといったところか。見頃になったスタージェンムーンは本当に大きくて、手を伸ばせば届きそうなくらい月が自分と近く感じる。
僕は汗を垂らしながら自転車のペダルを踏んだ。月が少しだけ近づいた気がする。角を曲がって、坂を上って下って、また角を曲がったら大きな病院が見える。美羽が入退院を繰り返していた、僕と美羽の出会いの病院。そしてそのすぐ近くにラベンダーが一面咲いた丘がある。
「丈くん!」
僕は自転車から降りると、先に来ていた桂木さんを呆然と見る。早いね、と言って桂木さんが笑った。
僕は自転車を角に止めると、「桂木さんの方が」と言う。彼女は嬉しそうに笑った。
ラベンダーはすっかり見頃を終えて、暑さにやられているのか少しだけ頼りない。僕は都心はもっと暑いぞー、と心の中で叫びながらラベンダー畑に足を踏み入れた。空は既に満天の星空が広がっている。じっと目を凝らしたら流れ星も見えそうだ。天体観察には最適な空だな。
「最高のコンディションだね」
桂木さんが興奮気味に言う。僕はそうだね、と相槌を打つと鞄から一眼レフを取り出した。レンズを空に向けて、シャッターを切る。乾いたシャッター音が心地よかった。僕がカメラから視線を動かすと、隣でそれを見ていた桂木さんが目をキラキラと輝かせていた。
「一眼レフ? プロだね」
「まぁ、良い写真で残しておきたいから」
最初のコメントを投稿しよう!