1の話 残業

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1の話 残業

「さぁて、今夜はここまでにして帰るか。」 大きく伸びをして、壁の時計を見たハヤオは、 「おっ?こんな時間?気付かなかったな。 明日から家族で温泉だしな。 久しぶりの連休、楽しみだな。」 と、パソコンの電源を切った。 残業のお供にと食べ散らかしたコンビニ菓子の 袋を片付け、缶コーヒーの空き缶を寄せる。 戸締りをしてから、3階にある事務所を出る。 暗い階段を1階まで降りると、他の事務所の 不在札が全て掛けられているのを確認し、 階段口に付いているシャッターを下ろして 鍵を閉める。 ハヤオが一番最後にビルを出たようだ。 5階建ての古くて小さなオフィスビル。 各階にはふたつずつの事務所が入っている。 灯りが全て消えた真っ黒なビルを確かめよう と、ハヤオは後ろを振り向いた。 さっきまで作業をしていた部屋の窓が明るい。 「やばっ、パソコン消し忘れたか? いや、電源類は何度も確認した。 非常灯か?違うな、非常灯ならオレンジ色だ。 最後に部屋の明かりはスイッチで消したはず。 自分と入れ替わりに誰か入ったのか?誰?」 ハヤオは再びビルの3階に向かうことにした。 今自分が閉めたばかりの、 階段に入る細長いシャッターを半分程持ち上げ まず2階までの階段の明かりを点ける。 エレベーターは節電のため、 4、5階の事務所が終わると使用できない。 2階まで来るが、階段の明かりは消えている。 次は3階までの明かりを点ける。 「誰かいるのか?泥棒か?鉢合わせは嫌だな。 隣の事務所にでも隠れてたんだろうか? 違う階に潜んでたのかもしれないぞ。 一応スマホのダイヤルを110に合わせて、 すぐにコールできるようにしておくか。」 ハヤオは3階の自分の事務所の前に立つ。 中からキーボードを叩く音がする。 「おいおい、やっぱり誰かいるぞ。産業スパイか?まさかな。パソコンをいじる泥棒なのか? スーパーの商品データベースを作るだけの、 ただの作業場だ。もしかしたら、競合店の奴らが、うちの全ての商品を安く設定し直しているとか?ありうるぞ。これは警察呼ばなくてはな。」 ハヤオは音を立てないように注意して、 一旦1階まで降りて外に出る。 警察に電話し、不審者が入り込んでいるらしい 様子を伝えて、すぐに来てくれと要請する。 5分足らずで近くの交番から警官が2人来た。 警官は半分開かれたシャッターをくぐり、階段 を慎重に上がっていく。2人の後について、 ハヤオも再び3階に上がる。警官の1人が ドアノブをゆっくり回すが鍵がかかっている。 ハヤオは事務所の鍵を警官に渡す。中からは キーボードをたたく音がしている。警官は鍵を ゆっくり回して音を立てないようにする。 そして少しずつドアを開けていく。 「あ?」 「ん?」 「わぁぁぁぁっ!」 そこにはハヤオがいた。 ほとんど透けてはいるが、それは確かに パソコンを打つハヤオだ。 2人の警官は状況をよく理解していた。 腰を抜かしその場にへたり込んでいるハヤオを 両側からしっかりと抱えて立たせた。 「やめてくれぇぇっ!嫌だ!嫌だああぁぁ! なんで今夜なんだよ。なんでぇ!」 ハヤオは2人の警官にずるずると引きずられ、 透明な自分の横に放り投げられた。 「や、や、や、や、やめ、やめて、やめ、‥ うわー痛いっ!痛っ、あっ!ごぐぅっ。」 パソコンを打つ手を止めた透明のハヤオは、 ハヤオの頭を鷲掴みにすると首を捻じ切った。 太い動脈から赤い血がだらだらと流れ落ちる。 黒ずんだ血がそこに混ざり床に溜まっていく。 透明のハヤオはまず捻じ切った頭を自分の頭の 位置に収めると、頭の取れた喉元に口をつけ、 ずぐずぐと血をすすり飲んだ。 ハヤオの身体はみるみる萎み枯れ木のようだ。 その枯れ木をガリガリ音を立てて食べ尽くし、 足元に溜まる血を残さず舐め尽くした。 ハヤオから捻じ切られた頭はすぐに透明の体に 吸収された。 ものの数分で透明のハヤオが実体化し、 元のハヤオは跡形も無くなった。
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