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俺の突拍子もない質問にも、朱梨は相好を崩すことはなかった。微笑む目は羽毛のように優しく、俺の微妙な笑顔も受け入れている。
「ほらさ、今年の夏って、去年の夏とはまた違ったじゃんか」
「当たり前だね」
「いいから答えろよ」
「うーん、じゃあまず奏汰が言ってくれたらいいよ。奏汰的には、今年の夏休みは何点だった?」
聞いているのはこっちなのに、朱梨の猫を見るみたいに興味深げな瞳にさらされると、答えなければいけないような気になってくる。
この夏休みを思い返す。だけれど、あまりいい思い出はなかった。
家でも、塾でも机に向かっていた記憶しかない。
「俺は四〇点かな」
「うっわ、低っ」
「だってそうだろ。俺たち受験生なんだしさ。お前と会ったり、やりとりしてる以外は、かなりの時間勉強してたよ。だから、外にもあまり行けなくてさ。まあ今年の夏は記録的な暑さだったから、冷房の効いた家で過ごすくらいがちょうどよかったのかもしれないけど」
「へぇ、じゃあけっこう悲惨な夏休み送った感じなんだ」
「決めつけんなよ。ちゃんと合格すれば、この勉強漬けの夏休みにも、意味があったって思えるだろ。まあそのためにはまだまだ勉強しなきゃいけないんだけどな」
「確かに」。朱梨は嫣然と微笑んだ。また息を吞むと、少し冷ややかになった空気が際立つ。
河川敷の上を歩く人がだんだんと減っているのが、振り向かなくても分かった。
「そういうお前はどうなんだよ。今年の夏休みに点数をつけるとしたら何点?」
俺が聞くと、朱梨は手をレジャーシートの上に置いたまま、軽く夜空を見上げて考える素振りを見せた。焦点がいまいち定まっていない瞳が、横から見ているだけでもどこかミステリアスだ。
俺が考えている間も、朱梨はただ俺の反応を楽しんでいたようで、今になって鼓動が速くなる。
「私は八〇点くらいかなあ」
「マジで? 受験生なのに?」
朱梨のつけた点数が心底意外だったから、驚きが声に出てしまう。朱梨だって進学を目指しているから、勉強しなければいけないのに。
間抜けな俺の反応にも、朱梨は変わらず小さく笑ってみせる。まるで俺が聞き返すのを、予期していたみたいに。
「そりゃもちろん勉強もしてたよ。でも、模試の判定も悪くなかったし、息抜きも適度にしてた。優子や紗枝とはプールに行ったり、映画を観たりしてたし。それに吹部の合宿もあったしね。練習はそれなりに大変だったけど、みんなと同じ時間を過ごせて楽しかったなあ」
しみじみと語る朱梨は、全身からキラキラとしたオーラを放っていて、俺の妬みも無効化してしまう。漫画みたいな夏休みを送っていることが清々しくて、敗北感すら抱かなかった。
朱梨が高校最後の夏休みを楽しめたのならそれでいい。他に何も望まないとすら思った。嘘だけど。
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