マツリノアト

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「分かったよ。もう少しだけここで、人が引くのを待ってよう」 「うん。ありがと」 「でも、一応親には連絡しとけよ。ちょっと帰るの遅くなるからって」 「言っといた方がいい?」 「いいに決まってんだろ」  「はーい」と口を尖らせながら、朱梨はバッグからスマートフォンを取り出した。親にラインを送っているのだろう。  俺は朱梨の手から漏れる明かりから、目を背けた。  幅の広い川はよどみなく流れ、その向こうには家々の照明が、ろうそくの火のようにぽつぽつと灯っている。  レジャーシートの下で、草を押しつぶしている感触。小さなでこぼこが今になって気持ち悪く感じたけれど、朱梨は全く気にしていないみたいに、あっけらかんとした声を出す。 「ねぇ、奏汰は家に連絡入れなくていいの?」 「ああ、ウチは親がこの花火大会の実行委員でさ。仕事が終わるのが遅いうえに、たぶんどっかで呑んでから帰ると思うから、そこまで心配はいらないと思う」 「へぇ、そうなんだ」  初めて教えた情報にもかかわらず、朱梨の反応は薄く、俺は少し傷つく。  静かに凪いでいる朱梨の横顔に、俺の心には波が生まれた。さざ波ではなく、はっきりと岩に打ちつける大きな波が。  直視できずに、俺はスマートフォンを取り出してしまう。電源を入れると、隣から刺すような声が聞こえた。 「ねぇ、スマートフォンは見ないどこうよ。花火の余韻を噛みしめなきゃ」 「でも、帰りの電車が……」 「そんなの一〇分に一本は来るんだから、心配いらないでしょ。今は余計なものを目に入れたくない気分なの」  面と向かって言われて、俺はポケットにスマートフォンをしまう。電池も残り五パーセントしかなかったから、ちょうどいいと思うことにした。
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