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「だったら、八〇点でも低いぐらいだろ。そんな絵に描いたような、充実した夏休みを送れたんだから」
「うん。現時点では、ね。ここからの夏休みの終わらせ方次第では、一〇〇点にもなるし、〇点にもなるよ」
「そんなこと言ったって、もう花火も終わったし、後は帰るだけだろ。あと二〇点も点数が上がる要素なんてあんのかよ」
分かっていた。夏休みはまだ終わっていないと。むしろここからが勝負だと。
だけれど、分かっていながらも思い浮かぶ言葉はあまりに直接的過ぎて、口にするのも憚られる。
朱梨は包みこむような目で俺を見ていて、俺が何を言ってもちゃんと聞いてくれそうだった。これ以上ないほどお膳立てが整えられて、ここで逃げたら次の機会はいつ来るか分からない。
何も特別なことはない。そう自分に言い聞かせて、俺はおずおずと口を開く。
「……さっきさ、今日俺、親の帰り遅いって言ったじゃん」
いざ口にすると、何言ってんだ俺はという恥ずかしさが襲いかかってきた。今すぐ夜に隠れてしまいたい。
だけれど、朱梨は何か大きなリアクションをすることもなく、「それで?」と次の言葉を促した。
これは俺だけじゃない。朱梨も望んでいることなんだ。そんな都合の良い解釈をして、俺は言葉を続けた。
「だからさ、よかったら俺ん家来るっていうのはどう……?」
言ってしまった。もう戻れない。
俺は慌てて取り消したくなるのを、ただじっとすることで堪えた。
さっきまで微笑んでいた朱梨が急に真顔になる。
もしかして、俺しか望んでいなかったのか? あんな気になる素振りを見せておいて?
「いや、いやいやいや。俺さ、まだ課題終わってなくてさ。よかったら見てほしいなって思ったんだけど」
「いや、小学生か、あんたは」
容赦のないつっこみに、俺は苦笑いを浮かべて心を守った。
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