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先走ってしまった自分がこの上なく滑稽で、朱梨に顔向けできない。背中を屈めて、このまま小さな球体になってしまいたい。
だけれど、朱梨に「奏汰」と呼びかけられると、人間に戻らざるを得なかった。
「仮に奏汰ん家行ったとして、何すんの? 私、今日大したもの持ってきてないよ?」
とぼけたように言う朱梨に、俺は顔をより赤くした。太陽も出ていないのに、日焼けしたみたいに顔が熱い。
朱梨はおそらく分かった上で、知らんぷりをしているのだ。
不思議そうな表情が、小さな悪魔のようにも見えてしまう。俺に差しだせるものなんて、何一つないのに。
「そりゃ、あれだろ。映画見ようぜ、映画。ウチさ、ネトフリやアマプラをテレビで見れるようになってんだ」
いくら俺でも、ストレートに言えるはずもない。もし口にしたら、最後。下卑た奴だと、朱梨に嫌われる可能性だってあるのだ。
ヘタレでも何でもいい。今の俺にとっては、この関係を終わらせないことが全てだった。
いつの間にか親子連れも帰ったようで、河川敷には川が流れる音しかしない。
朱梨は目を合わせようとしない俺の顔を、覗きこんできた。逃げ道を潰すかのように。
「へぇ、そんなことできるんだ」
朱梨の目には興味が滲んでいた。これまでにも、一緒に映画館に行ったことはある。一か八かだったけれど、話を逸らせてよかった。
「ああ。テレビとタブレットに専用の端末を挿すんだよ。それだけで、大きな画面で楽しめる。朱梨さ、何か見たいのある? ホラーとかグロいのじゃなければ、俺は何でもいいんだけど」
「そうだなあ。今だと『ちはやふる』とか青春系が見たいかな」
「それって『上の句』『下の句』『結び』合わせて、朝までコースじゃんか」
「何か問題ある? 面白い映画だったら、眠気なんて気にならないでしょ」
ほんの冗談で言ったつもりなのに、朱梨が想像以上に乗り気だったから、俺は戸惑った。
仮に『ちはやふる』三部作を見たとしたら、それだけで夜が終わってしまう。
朱梨はそれでもいいのかもしれないが、俺は首を横に振りたかった。
いつでもできることじゃなくて、今日しかできないことがしたかった。
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