マツリノアト

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「それかしんちゃん映画でも見てよっか? 私あれ好きなんだよね。『ロボとーちゃん』。何度見ても泣ける」 「あのさ、朱梨。やっぱ映画はまた今度にしようぜ。この流れでやることじゃないだろ」 「じゃあ何しようっていうの? 他にやることって言ったら、スマホでゲームぐらいしかなくない? それこそ今日じゃなくてもいいでしょ」  どうやら朱梨は俺の口から、その言葉を言わせたいらしい。自分から言ったら、何かが壊れてしまうとでも思っているのだろうか。それくらいで壊れるほど俺たちの関係は軽く、薄っぺらいものなのか。  俺は意を決して朱梨の目を見た。眩い瞳はホワイトホールにも負けないほどの、強い光を放っている。 「朱梨はさ、本当に俺の家に行きたいの?」 「ん? なんで?」 「いや、本当はこのまま帰りたいのに、俺に話を合わせてくれてんのかなって。別に無理しなくてもいいからな。帰りたいんなら帰りたいで。文句言わねぇから」  俺がそう言った途端、朱梨の目からは笑みが消えた。  「ねぇ、奏汰」と呼びかけた声がどこか冷ややかで、俺は言ってはいけないことを言ってしまったのかと不安になる。  暗がりでは浴衣にちりばめられた金魚も、少し息苦しそうに見えた。 「そんな言い方ってないんじゃない? 私が嫌々、奏汰と話してるとでも思ってんの?」 「いや、そういうわけじゃねぇけど……」 「あーあ、なんか冷めてきちゃったなあ。あと少ししたら、自分ちに帰ろ」  そっぽを向いてしまった朱梨に、俺は危機感を抱いた。  本当にこのまま夏休みは終わってしまうのか。今しがた見た花火も、二人で食べた屋台の焼きそばも、明日になればもう話題に上らなくなるのか。  今日が終わってしまうのが悔しくて、俺は「ごめん」と呟いた。小さな声で、面と向かって言えないのが情けない。涼しげな風が吹く夜の、おぼろげながら残る熱に、首を絞められてしまいそうだ。  俯いたままでいると、視線を感じた。朱梨の顔には、また小さな笑みが戻っていた。 「なんてね。嘘だよ、嘘。本気にした?」  そうだった。朱梨はたまにこうやって、性質の悪い冗談を言う奴だった。真剣な表情をしていたから、まんまと騙されてしまった。  すっかり手玉に取られてしまった俺は、反撃の意味も込めて、「お前……」と、朱梨を軽く睨みつける。  それでも朱梨は俺の視線を柳のように受け流し、今度は声をあげてまで笑っていた。
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