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熱帯夜
石炭のように暗い夜空に見事な満月が浮かんでいる。くたびれたシャツが汗を吸い込んで、べったりと地肌に張り付いていた。
茹だるような暑さに寝るに寝られず、あなたは築六十年の古アパートから逃げ出したのだった。
切り絵のように真っ黒な住宅街を歩くと、淡い光を放つコンビニの看板が見えた。缶ビール数本とウィスキーを買いこんで店を後にする。あなたは我慢できずに歩きながらタブを引いて、冷えたビールを喉に流し込む。
明日のためにとにかく睡眠が必要だった。
単調なライン作業は睡魔との闘いなのだ。
あなたの日常は単純で規則正しく、そして惰性そのものだった。
夜明けとともに工場へ入り、点呼と朝礼の後、作業に取り掛かる。
流れる材料を機械にセットし、決められた長さに切断してからラインに戻す。
セットして切断して戻す、セットして切断して戻す、セットして……
倉庫内の休憩所で昼の弁当をかきこみ、水筒のお茶で流し込む。あなたは誰にも話しかけないし、あなたに話しかける者もいない。
午後も同じ作業が続く。
セットして切断して戻す、セットして切断して戻す、セットして……
日暮れと共にラインは停止し、あなたは解放される。一言も言葉を発することなく、あなたは工場を後にする。
コンビニで弁当とビールを買って古アパートへ帰宅する。シャワーと食事を終えたあなたは一升瓶に手を伸ばす。垂れ流しのバラエティ番組を見るともなしに眺めているうちに酩酊が訪れる。あなたは気を失うように万年床へ転がると、何かを抱きしめるように体を丸めて眠りに落ちる。
そして夜明けがやってくる……
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