恋の月

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 私たちは横たわり、草むらにすだく虫の声を聞いた。  私は頭を彼の顎の下にもぐりこませ、彼は投げ出した足を私の足にからめている。二人を取り巻くオヒシバやエノコログサの間から、ちょうど中天にさしかかった満月がのぞいていた。  以前、彼は言った。 「月というのは、大きな石の塊なんだよ。とても遠くの空に浮かんでいる」 「浮かぶ、羽ばたきもせずに?」  疑う私に、彼は言葉を連ねて説明を試みたものだ。彼は、まるで道具を扱うように言葉を使うことができる。その方法を、彼はの世界で習得したのだ。彼がふだん身に着けている衣服と同じように。  今、それらの衣服は草むらのあちこちに脱ぎ捨てられていた。この丘では、相手のうなじに鼻づらを押し付けるだけで「あなたを愛している」と伝えることができる。  吹きわたる風が夏草を揺らし、さやかな音を立てた。あたりには夜に咲く花の甘い香りが漂っている。虫の声は途切れることなく大きくなり小さくなり、高くなり低くなり。まるで丘全体が音楽を奏でているようだ。 「ここは静かだね」  そんなときに彼がつぶやくので、私はつい笑い声を上げてしまった。 「ふざけて言うんじゃないよ、ここは本当に静かだから。僕の住んでいる場所と比べるとね」 「じゃあ、ここに住めばいい」 「そうできればなあ。もし……」  彼はそこで口をつぐむ。私たちは黙って白い月を見上げた。 「君の一族の話を聞かせてくれよ。月にまつわる物語を」  彼が話を変えた。 「あなたは信じていなかったのでは?」 「信じるとか信じないとかじゃなく、こんな夜はただ聞きたいんだ。君の声で」  そこで私は語りはじめた。  彼が巨大な石の塊だというあの月は、実は精霊たちの住む宮殿である。遠い昔、そのうちの一柱が白く輝くオオカミの姿となって地上に降り立ち、孤独な男と出会った。彼らはやがて夫婦となり、それが今の私たちの先祖なのだ。だから私たちは皆、月の子どもだ。精霊たちは月に帰ってしまったけれど、今でも月の表面(おもて)に現れては子孫に慰めや励ましを与えてくれる。  彼は口を挟むこともなく私の話に聞き入っている。その体に月光がさし、彼の全身を銀色に輝かせていた。
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