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「どうか、お願いします。息子の無念を晴らすためにも、証言していただけないでしょか。もしも、本当に明夫が先に手を出していたのなら、その事実も受け入れる覚悟でいます。この事件の真実が知りたいんです」
彼女の語気は強くなっていた。
辰郎は異様なほど汗をかいている。脇の下は冷たいくらいだ。
本当は今すぐ真実を伝えたい。息子を失った母の胸の内を思えば、それが至極真っ当だ。
けどそれは、妻に浮気がバレることになる。
いま、アリバイの天秤が揺れている。
「目撃者になることに、なにか不都合なことがあるのですか」
どれだけ質問されても辰郎は口を閉ざし続けた。無言を貫き、すでに二時間は経とうしている。
痺れをきらした沢井が立ち上がった。
そして不自然に辰郎の肩をなでると、
「わたしは警察を辞める覚悟がありますからね」
彼女は憤った様子で店を去っていった。意味深な言葉が耳の奥でいつまでも残った。
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