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氷の海に突き落とされたように全身がこわばった。
震動するスマートフォンの画面には、結婚指輪のアイコンと《聡美》の名前が映っている。
気づかなかった振りをしようか。いや、それは――
しばし悩んだ末、辰郎は咳払いをして妻からの着信に応じた。
「もしもし」
『もしもし、ター君。出張お疲れ様。今、大丈夫だった?』
「お、おん」
『どう? 出張先は』
「どうって言われてもな。会議やら本社の偉いさんへの挨拶まわりでクタクタだよ」
『そう、大変ね。明日には家に帰ってくるのよね』
「ああ、昼には帰る」
『お昼作っておくね。なにか食べたいものある』
「なんでもいい」
『ふうん、分かった。あの、話変わるんだけどさ』
聡美の声音が低くなる。
『もう朱莉さんとは何もないのよね』
辰郎は静かに唾を飲みこんだあと、
「・・・・・・当たり前だろ。急になんだよ」
『ごめんなさい。一人で寂しかったから、アレコレ不安になっちゃって』
「勘弁してくれよ昔の話は。朱莉とはもう何もないに決まってるだろ」
「怒らないでよ」
「疲れてるからもう寝る。じゃあな」
通話を終えると、大きな息を吐いた。ジトっとした汗がこめかみに流れる。
スマートフォンを枕元のナイトテーブルに置くと、
「今の奥さんでしょ」
朱莉が布団の中からひょっこりと顔を出した。
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