最終章 もう抗わない、幸せなつがい

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最終章 もう抗わない、幸せなつがい

 船外から見る宇宙の海は果てしなく、気が遠くなるほどの広さだ。  天井にある丸い形の窓からも外が見え、星々がまるで薄いカーテンのように滑らかに黒い空間にたなびいている。  俺達人類が宇宙開発で他の星へ移住できたとしても、そんなものは宇宙からしたらほんの数ミリ程度のことなのだろう。  これだけ広大な広さの世界で、俺たちは出会うことができて、こうして自分たちの星へ帰ろうとしている。    結局サエカたちが少しでも俺たちを休ませようと飛行手段をトラベルモードにしてしまったので、少し長旅になりそうだ。俺たちは部屋でくつろぐことにした。  緊迫した行きの航行とはあまりにも違う。  豪華なホテルみたいな部屋のドアは金色で縁どられて、部屋に置かれている家具や壁紙から少しアンティークな樹や花の彫刻がほどこされている。それに加え柔らかな部屋の明かりは暖色の色合いで、静かな空間は今更ながら不思議な気分だ。 「それにしても……」  俺は部屋を見渡して少し気恥ずかしくなった。  どう見てもベッドはキングサイズの一つしかないし、部屋は琉と別でいいって言ったのに、珍しくエムルもサエカも首を縦に振らなかった。  しかも自分たちはこちらから呼び出さなければ来ないと言い出し、ずっと操縦席で安全運転を交代でやると言って聞かなかった。 「あいつら、あんな頑固なアンドロイドだったっけ?」  俺の問いかけに琉は読んでいたタブレットから顔を上げて微笑む。  不意に俺の窮地に変化してしまったあの琉の真の姿が重なった。 「あのさ……お前のあの姿って……お前の本当の姿なんだよな? 俺がピンチの時になるのか?」  なんとなく聞きづらかったが、それでも、琉のこと少しでも知りたくて、俺は勇気を出して聞いてみた。 「あの姿? あぁ……俺も実はあまりよくわかってないんだ。本当の姿かどうかも謎だ。人間の姿が本来の俺の姿だと思うんだが……」 「うん……あ……の。あれなのかな? よくヒーローがヒロインがピンチになった時にだけ変身するってあれなのかな?」 「……そうかもしれないな」  琉はタブレットを脇に置くと俺を真っすぐ見てふふっと微笑んだ。 「俺たちはその……テレパシーの赤い糸で結ばれていたんだな」  窓の星屑を見つめながらふいに口にしてしまった心の言葉にちょっと気障すぎたかなと焦った。  自分でもなんてこと言ったのだと気恥ずかしくなる。  思わず体が熱くなって、ポケットの中にあるハンカチで額の汗を拭きとった。 「はは、俺何言ってるんだろうな」 「そうだよ」  顔をあげてすぐに俺のすぐ傍らに琉が真顔で立ってることに気づいた。  もう自分の意思がはっきりしているのに拒むのはおかしいと思いながらも、どこかくすぐったいような照れ臭いような気持ちがあって、俺は思わず俯いた。  人間としての琉とこうして肌が触れ合うことにはまだ慣れていない。  今思うと俺は獣が好きなのだろうかと思うほど、獣化したミュータントの琉とは臆することなく触れ合っていたような気がする。  いや、そんなことはない。どちらの琉も好きなはずだ。  背中から琉にぎゅっと抱きしめられた。  その拍子に体がかぁっと熱くなる。  そう言えばあれから全く薬を飲んでいないのに体が熱くなるのが治まったり、またこうして熱くなったりを繰り返している。 「まさか……俺っ、発情……?」 「そう言えばサエカたち、俺たちがつがいと分かった途端凄い勢いで情報を調べてインプットしたみたいだよ」 「そ、そうなのかっ? でも俺っ……発情したからって、それで琉と変な事になるのは辛いな……やっぱりそのっ、本能で結ばれるって……」 「大丈夫だよ。僕らは互いに通じ合ったんだ。あの時から互いが無意識につがいであることを自覚し始めてる」 「だからお前が思うような野蛮な、見境ないことにはならない。互いが安心して安定した状態なんだそうだ」 「……そうなのか……俺達安定してるのか」  素直すぎた俺の呟きに琉がくすっと笑った。 「なんかさ……あんまり色々なことがありすぎて、俺……おかしくなってるかな?」 「そんなことない。ただ、アヤトお前は以前より柔らかくなった気がする」 「……うん……。そりゃ、あれだけ立て続けに色々あると、ちょっとやそっとのことで驚いてたら身がもたないし」 「でも、ただ一つだけ変わらないことがある」 「ん……?」 「俺たちは今までも一緒だったけれど、これからもずっと一緒だ」 「……ああ!」    琉の囁きに俺は心から安堵した。  離れた時の奈落の底に落とされたような不安はもうない。  考えてみたら子供の頃から一緒だった。  もしかしたら、琉だけでなく俺も、もし琉と離れたら姿形は変わることはなくても、不安でおかしくなってしまったかもしれない。琉だけが俺を探していたわけじゃないのかもしれない、俺も彼に見つかるように何か発していたのかもしれない。 「アヤト、好きだ」  ぎゅっと抱きしめられて、俺は少しだけ怖くなってしまった。  だって、俺はオメガだから要するに……。俺がこれから琉に抱かれるってことだから……。  一生懸命頭の中で処理しようとして焦ってしまう。 「アヤト……俺はお前がずっとずっと昔から好きだった……だからもう待てないんだ……」  その言葉の意味はわかる。 「ちょっと、ま、待ってくれ!」  俺は抱きしめられつつも部屋の周りを見渡した。 「あのっ、俺……これから抱かれるんだよな? だ、だからっそのっ」 「ん?」 「部屋をそのっ、少しで暗くしてくれないか……」  多分顔が蒸気して真っ赤になっていたと思う。  先ほどから顔が熱い。 「わかった」  琉はベッド脇のライトボタンを調整し部屋を暗くしてくれた。  そして俺をぐっと胸に引き寄せ抱きしめた。  その夜俺たちは結ばれた。宇宙空間に飛行中に結ばれるなんてなんともロマンチックだなぁなんて星の瞬きを眺めながら俺は思った。  でもその浮遊感がとても幸せだった。暖かくて、琉は俺を凄く優しく包み込んでくれたんだ。    俺たちが一つになった時天井窓から光が差し込みさぁっと明るくなった。  窓の外に俺たちの船と並行するように彗星が飛んでいたからだ。  まるで彗星が俺たちを祝福しているかのように瞬き、しばらく並行して飛んでいた。
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