第五章 運命に抗いたい俺たち

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第五章 運命に抗いたい俺たち

 俺たちはとにかく、俺の飲んでいる薬に関して詳しいだろうエムルの行方を探すことにした。  俺たちが琉の寮から出ようとすると、目の前に一台のエアカーが止まった。  中から俺らが見知った人物が下りてくる。 「お父さん……」  琉はこの寮には恐らく初めてきたであろう彼の父親の姿を見て、驚きの声を上げた。 「琉、お前、休学届を出したと聞いたが、どうしたんだ」  琉の父アルファであるミカサがスーツ姿でコツコツと革靴の音を響かせて近づいてくる。 「家の執事に伝言した通りだよ、今アヤトが大変な目にあってるんだ。だから」 「だからと言ってお前が休学してまで、アヤトくんに協力しなくてもいいではないか、彼のご両親はどうしたんだ?」 「火星に逃げたんだよ、心細いアヤトを一人置き去りにして……」 「さっき沼間教授から連絡があった。アヤトくんのことは沼間教授に任せたらどうだ?」 「沼間教授には任せられない、アヤトが嫌がってる。それに俺の事ももっと知りたい」 「そんなことはまだ知らなくてよい!」  ミカサは琉にぴしゃりと言い放った。 「ろくにここになんてこないくせに、こんな大事な時にばかりきて、親面するな!」  琉がミカサを険しい形相で睨みつけている。  琉の父親と琉はあまり仲が良くないとなんとなく昔から思ってはいたが、こんなに直接的に言い合いをするのは初めて見た。 「行こう、アヤト」  琉は彼からすり抜けるように逃れると、そのまま俺の腕を取り、少しだけ背後を気にしながらその場を離れた。  琉の父親は何か言いたそうなそぶりで躊躇しているように見えた。  無言の琉に俺は何も話しかけることができない。  中央都市行きの電車がホームに滑り込んでくる。少しだけ錆びついた車体に飛び乗ったのは、それから三十分もしない十時過ぎだった。  普段ならもう学校で講義を受けている時間だ。  でもそんなことよりもずっと大切なことを俺たちは俺たちの力で知ろうとしている。  車窓越しに見る殺風景な景色を見ながら、俺はある程度覚悟を決めていた。  ここに来たのは久しぶりだ。ノースエリア大の付属高校に来た時以来か……。  目的地駅周辺は相変わらず変わり映えしない簡素なところだった。目の前には広大な土地が広がる。  今はこの駅よりも新中央都市の方が空港も近いし、人の賑わいも違う。  中央都市は以前は都心だったそうだが、空港の引っ越しに伴い、膨大な土地だけが残る形になった。  そこへ各高校や大学や研究所が設けられるようになったのだ。    新しくはないが、学生街なので、広く一つ一つの区画も広い。  学生たちが行き交う改札に俺たちの良く知る体格の大きな男が立っていた。  カミーユはいつもと変わらない笑顔で俺たちに手を振っていた。ごつい体つきの割にはいつも笑顔が人懐っこくて柔和だ。  隣に見慣れない綺麗な男性が二人立っている。  驚くことに二人は同じ顔をしていた。双子だ。  そして二人とも、銀髪で長めのストレートの髪を束ねていた。   「こんにちは、お久しぶりです」  琉がその人物に頭を下げた。 「いらっしゃい、琉さんならいつでも歓迎しますよ」  その彼がこちらをちらりと向く。 「あ、彼は羅姫アヤトくん、その例の……」  先に話が通っているのだろう、彼はぱっと笑顔になって俺に頭を下げた。 「初めまして、エルピです」  エルピとまったく同じ顔の男がいるが、今自己紹介をしたカミーユの隣にいるエルピが彼の恋人なのだろう。  時折カミーユと微笑み合っている。 「初めまして、エルピの兄のフロンです」  すぐにその更に隣にいる同じ顔が微笑んだ。彼は左目の下にほくろがあった。  カミーユととても親し気に話をしていた、エルピ、そして双子のフロンも恐らくオメガなのだろう。  自分が降格したからというわけではないが、彼らを見たところで別に特別変なこともない。  むしろ二人とも知的に見えるし、スラリとしていて肌は白くスタイルも良くて美しい。 「しばらく彼らの家でお世話になろうと思うんだが……」  琉の言葉に俺はただ彼らに頭を下げる事しかできなかった。 「琉さん、お久しぶりです、また会えて嬉しいです」  フロンが琉に笑顔を向ける。先ほどからフロンは俺よりも琉しか見ていない。  俺は何となく彼の様子からフロンは琉に好意を持っているということを察した。    正直気まずい。俺は彼らの前でオメガを馬鹿にしたことはないが、今までの自分の行動を考えると、屈託なく笑う彼らに対してどんな態度を取ったらいいのかわからない……。  そして中央都市から更にエアカーで十分程の家が彼の家だった。  家というか想像以上に大きく立派な屋敷だ。セキュリティも厳重そうで重厚な門が構えている。俺は琉の実家を思い出した。  二メートルはあるのではないかと思う木の細かな葉の模様を施した大仰な玄関が開くと、中からメイドや執事らしき人が頭を下げた。   「いらっしゃい、この度はよく来てくださいました」  とても広い屋敷で俺は正直驚いた。家族構成はどうなっているのかわからないが、門に入った時からこの家は完全な富豪だと思った。 「お部屋はこちらです。困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」  メイドと同じようにエルピも先ほどからずっと物腰柔らかく対応してくれている。  廊下の途中には大きな石像があったが、足元が壊れているのか何かで固められていた。  琉と俺とサエカのボストンバッグなどの荷物はメイドや執事がカートに乗せ、俺達は部屋に案内された。それぞれの部屋に荷物が置かれて行く。  部屋を確認した後、すぐに俺たちはサロンに集まった。  サロンにある本棚には様々な本がびっしりと詰め込まれていて、その上には表彰状や何かで優勝したであろうトロフィーの数がいくつも置かれている。  それを俺はちらりと見ると、部屋の中央にあるテーブルに落ち着いた。  目の前にはジャスミンティーが一人一人の席に透明なポットごと置かれてあった。  双子の弟のフロンは琉の席の隣に座ると、どこか落ち着きなさそうにしている。  俺の席から斜め前にも何か額縁が飾ってある。  俺はそれを何気なく見上げていた。栄養士、保育士から始まり、介護士、語学の資格まで様々だ。 「あれ気になるか? 凄いだろ。エルピとフロンは凄く色々なことに興味があって、資格やコンテストなどにいつも応募してはいい成績を収めたり、合格したりして、こうして表彰状をもらっているんだ」 「凄いな、エルピが頭がいいことは前から知ってはいたが、フロンもこんなに色々な資格を持っていたなんて……」  琉が彼らに心から賞賛を送っているのは、彼の穏やかな表情と瞳が糸のようにすっと細くなることでわかった。 「いえ、そ、そんな。ここにあるのは兄のエルピのものが多くて、僕なんてまだまだです」  ほっとするような優し気な彼の表情が、俺には見せたことがないような気がして、俺の胸のどこかが少しだけきゅっと苦しい気分になった。  カミーユは自慢の彼氏が褒められたのが嬉しかったのか、とても機嫌がいい。 「この部屋だけじゃない、他の部屋にもまだまだ沢山の表彰状や資格取得証明書があるんだよ、エルピは努力家なんだ」  俺はなんだかこの凄い量の資格や本と先ほどちらっと見た物腰の柔らかなエルピ姿があまり俺の中で重ならなかった。  それほど彼は見た目が華奢で優し気で、これだけのものを取得していてもどこにも偉ぶった態度がなかったからだ。  そのエルピは後から部屋に入ってきた。   「エルピ、今お前の話をしていた」  いつもよりどこか興奮していたのか、顎が上向きになっていつもよりも饒舌に語るカミーユを見て、エルピは少し恥ずかしそうに下を向く。 「いやだ……カミーユったら、そんな大したことじゃないよ、ここにはフロンのだってあるんだから」 「ほんとに二人とも凄いと思う」  琉がエルピとフロンにも向ける温かな視線を見て、俺はまた胸が騒めいた。  そしてその場にいる自分がとても恥ずかしく、みじめにも思えた。  俺は自分の地位に胡坐をかいていただけで、自分から何かをしようとか、彼等のように知識を深めたり技術を手に入れようという考えをあまり持たなかった気がする。  俺も資格が何もないわけではない、けれどそれはいつも自発的というよりも、自分の立場上持っておいた方がいいだろうと親から勧められたり、自分を大きく見せるにはいいだろうと推測したりしたことばかりなことに気づく。  しかもそれらは自分から興味があったり、やりたいと思ったことではなかった。    俺を残して三人だけが顔見知りということもあるが、会話が弾んでいて、俺だけが世界から取り残されたような気分になった。  食事の間にも俺は軽く相槌を打つだけで、何も自分から話することができなかった。  食事が終わり、みんながお茶を飲んでいる間、フロンが俺に話しかけてきた。  彼と出会ってからというもの、実は琉を見つめる間にも、時折俺にも何か話しかけたそうにすることが幾度もあった。  でも俺の方が何故か気まずくて、その機会を自ら無視していた。 「あの……アヤトさん……。色々大変だったようで……」  俺以外の仲間たちは場が和んでいたが、俺だけはどうしてもその輪に入れないことをフロンは察したのか遠慮がちに話しかけてきた。 「……ああ」 「あのっ、明日、恐らくあなたの専用医療ロボットが行ったと思われるところへ一緒に行ってみましょう」 「……お前、エムルが行った場所を知っているのか?」 「エムルさんが、というよりも、医療ロボットがよく行く暗黙の医薬品会社は知っています。恐らくそこにエムルさんは行ったのではないかな? でも、僕も詳細なことはわからない。うちのお手伝いロボットもそこに出入りが許されているから、主人である僕らも入れるはずです」 「しかし、専用医療ロボットだなんて、お前たちは贅沢だな」  カミーユが突然変なことを言う。   「何言ってるんだ。ノースエリアでは個々に医療ロボットをつけるのは当然だろう?」 「そうか? まぁお前たちの家は金持ちだからな、金持ちが個々に持ってるというのはわかるが……」 「お前のところにだっているじゃないか、アンドロイドのエルスが」  琉が紅茶を口にしながら、不思議そうな顔をする。   「え、何言ってるんだよ、お前、あれはただのお手伝いアンドロイドだ。俺には個人的な医療ロボットなんていないぞ」 「そうなのか?」  琉と俺は思わず顔を見合わせた。  俺らにとっては個々に医療ロボットが付くことが当たり前の生活だったから、カミーユの言葉に違和感を感じた。 「エルスは俺たち家族専用の医療ロボット兼お手伝いロボットだな……」 「そう……だったのか……」  琉が顎に手を当ててなにか考え事をしているようだ。 「まぁ、なんにしても明日だな」  俺はため息をつくと、お手洗いだといい、少し席を立つ。  途中で庭が見渡せる広いバルコニーを見かけると、少し夜風に当たりたくなった。  バルコニーに出ると風が心地よい。ここも空気が澄んでるように感じた。  俺たちが住んでいる南エリアの方が一番空気が綺麗だと思っていたが、そこだけではないようだ。  遠くに点滅しながら浮遊しているのは恐らくこの辺り一帯を飛び回る飛行船型の清浄機なのだろう。  最近はこの辺りにも飛ぶようになったのか。    今日あった出来事を反芻してため息が出る。  もう今朝の事が数日前のような気さえする。 「今日は風が気持ちいいな」  背後から声を掛けられた。  振り返るとフロンが上空を見ながら深呼吸をしている。  柵に手をかけ、俺の隣にくる。しばらく互いに押し黙る時間が過ぎた。  気まずいな……それになんだかフロンの態度も変だ。 「君はオメガ種だったんだよね?」 「……」 「気を悪くした?」 「……いや。それより、お前話し方変わってないか?」 「さっきはみんなの手前だったし、まだろくに話もしてなかったしさ、でも今は二人きりだし、君と僕はタメだし、同じオメガ同士で敬語ってのも変じゃない?」  あんまりあっさり言うので俺は返す言葉を失った。  それにここ数日間の短い間にあまりにも色々なことがありすぎて、俺も疲れていたのだろう。  明らかに態度を豹変させたフロンに言い返す気持ちも起きない。  俺がオメガであれば、彼からしたら対等な立場で卑屈になる必要もないのだ。  俺は長い間自分がアルファだと思って過ごしてきた。だからオメガのことなんて何もわからない。 「……もっとみじめな思いをしているのかと思ってた」 「えっ?」 「オメガはアルファから見れば最下層の人間だと思っていたから……」 「……いかにもアルファだった奴らしい物言いだね……」  フロンは皮肉っぽく呟いた。 「でもまさかその君が実はオメガでしたって、結構君からしたらシャレにならない事態だろ? ある程度カミーユから事情を聞いてるけどさ、君は薬でアルファにされてたそうじゃないか。まさかそんなことまでしてアルファになりすます奴がいたなんてね。どんだけ俺たちは悲観的に観られてたんだよって話。現実に目の前にしてみてどう?」 「……俺が想像している形とは違ってた」 「そうだろ?」 「お前らは生き生きしていて、なんていうか、今日初めてこの中央都市のノースエリアの住宅地に来たから、ぶっちゃけ俺らとお前らが大して見た目に差はないと感じた」  その言葉に何がおかしいのかフロンが笑い出した。 「そりゃ君自身が俺たちと一緒の立場になったからじゃないのか?」 「ち、違うっ! そうじゃない!」
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