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今日は少し夜風が冷たい。パーカーのフードを被った。時折エアカーが行きかうライトが光るが、それ以外は数メートル置きに外灯があるだけだった。
携帯の地図を頼りに歩くと大きな高速道路が見えた。
その脇に人専用の歩道の案内が見える。
歩道に向かう階段を上がると、思ったより通路内は明るく、ただ、どれくらい歩かなければならないのかと思うほど終わりがない道が続いていた。
道を歩いている途中でふとフロンからメールが入る。
『池さんから連絡が来た。中央都市の外れたところにスラム街っぽいところがあって、噂ではそこの町医者が違法な薬を闇取引してるって噂だよ。念のためそこの医者を訪ねてみたら? 少し神経質な男らしいからもしかしたら警戒心強いかもしれないね。それにスラムは性犯罪も多いらしいし、怖かったら警備用のアンドロイドでもその辺でレンタルして連れて行けば?』
その言葉と共に、その医者がいる場所の案内地図が添付されていた。
ここにはなるべく早く行くつもりだが、その前に宿泊場所を決めないと……。
目立たない地味なホテルがいいと思う。
琉は俺がいなくなったとわかったらどう思うだろうか。
いや、それはフロンがなんとか取り繕ってくれるに違いない。
でもそれを思うと、時折歩道内に吹き抜けてくる風が切ない気持ちを乗せて心をすり抜けていく……。
自分がどこかからっぽになったような心細い気持ちだ。
いつからこんな風な心細さばかり感じるようなひ弱な人間になったのだろう。
競っていたつもりの琉。自分は負けないと思っていた琉のことばかりさっきから思い出しては消えていく……。
俺はなんだか自分の気持ちがわからなくなった。
そうそれは夢見ていた俺からすれば妻になるであろうベータの女性や男性。
運命の赤い糸……。そんなロマンティックな気持ちからはおおよそ離れた現実。
一人でこれからの自分を考なくてはいけない。
あまりにも琉に頼りすぎていた自分に気づいた。
だからこれで良かったんだ……。
中央都市の外れには確かにフロンが言う通り多くのモーテルがあった。
ただ、それはお世辞にも洒落てるとは言えない少し年季の入った建物だった。
ホテルの名前の書かれた看板の枠組みには幾つかの原色に近い灯りがピカピカと点滅を繰り返している。
そして、管理室の前のゲートを通るだけで携帯に部屋番号を記した通知が来た。
部屋に入ってすぐに後悔した。シーツにはシミがついてるし、お風呂場には得体のしれない虫がいる。
それを見て俺は持ってきていたパジャマに着替える気にもならなく、何も考えられなくなり、そのまま傍にあった固いソファに横になった。
ほとんど寝ることもできず朝を迎えるとすぐにモーテルを後にした。
もともと連泊はするつもりはなかったし、一ヶ所に留まるのは危険だ。
近くのファーストフードに寄った。
久しぶりにハンバーガーを食べたが、それは肉の味が濃いだけで、パンもぱさぱさしていた。炭酸も気が抜けて甘ったるいだけでなにもないよりはマシな程度だ。
時間を見るとまだ午前7時で、琉はもう起きたのだろうかとふと思ったりもした。
携帯を手に取り思わず琉のアドレスを打つ。
何考えてるんだ。彼にはもう迷惑をかけないようにって、こうして逃げて来たっていうのに……。とにかく、フロンが言っていたその町医者の所に行かなくては。しかし、レンタルアンドロイドを借りて行けってことはその場所は相当治安が悪いのだろう……。
俺はレンタル屋から少しでもガタイの大きそうな護衛用のアンドロイドを借りた。
地図のナビ通りに道を進むと一つ森の道を通り、確かに人気のない嫌な雰囲気の場所に出た。
そこは集落になっているのか、建物がまとまって建っていたが、確かにあまり豊かそうには見えない。
自分の格好は質素な気がしたが、それでもこの辺に住んでいる奴らより小綺麗に感じる。
道端にいる男たちはみな服がところどころ破れかけていた、そして俺がなんでこんなところに来ているのか少し訝しむような視線を送ってきた。時折睨みつける者もいる。
俺の身なりを見て、こそこそと跡をついてくるものもいた。
たぶん、隙あらば何か奪って行こうとしているのだろうか。
流石に危機感を覚える。
護衛のアンドロイドを連れていてよかった。
流石に直接手出しできないのか、みな遠巻きに見ているようだった。
古藪医院と書かれた古い看板を見つけ、入口に立つと今日は休診日のようだった。
困ったな……。
少しためらいがちに病院の扉の前に立っていると、背後から誰かが近づいてきた。護衛用のアンドロイドがすぐに俺の前に立つ。
「待て待て、誰も襲おうなどせんわ」
見ると七十くらいの老人が、少し長めの白いひげをいじりながら立っている。
顎に生えたひげは密集しているが、残念ながら頭皮は髪の毛たちには人気がなかったようだ。
「お前が羅姫アヤトという奴か……」
「えっ……」
「まぁ、お前の事は話は聞いとる。それから……まぁ、ここで話すのもなんじゃから、とにかく入れ……」
「はぁ……」
神経質な人だと聞いていたのに、案外あっさりと中に入れて拍子抜けした。
けれど、もしかして俺を危険な目に合わせたくないという気持ちがあったのかもしれない。
護衛のロボットは表で見張っているという。待合室を通り、診察室に入る。
「……アヤトさん」
聞いたことのある声に俺は振り返りはっとした。そこにエムルが立っていたからだ。
道理で話が早かったはずだ。
「エムルっ! お前っ、今までどこにいたんだ!!」
「すいません、アヤトさん、ワタシは……」
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