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第八章 運命のつがい
エアバイクが走る上空は風が強く幾度も髪が激しくなびく。
浮かんでいる高さは二十mはないくらいだが、体に当たる風に少し肌寒さを感じて、俺は少し身を震わせた。
体を支えてくれるエムルもいないんじゃ飛び降りるわけにもいかない。低空飛行になったり、ビルの合間を飛んでいる時に、どこかに飛び移れないかと辺りを見回したが、拘束されていてそれも思うようにいかない気がしている。
空港に向かう先が次第に空が紅に染まっていっている。
遠くから幾つもの光の瞬きが見えた。あれは空港から飛びだった宇宙船に違いない。
ワープ機能の性能が標準な物は小型船であり、主に月に向かう。
最新型の最速ワープ機能を備えた船は火星行きの船で、先端だけ尖った楕円のフォルムの船だ。
船で火星に行くのはいつか叶えたい夢ではあったが、こんな形で行くはめになるとは思いもよらなかった。
しかも俺の人生丸ごと拘束されるためになんて……。
琉の怪我はどうしただろうか。近くにサエカがいたから絶対に処置されているはずだ。
琉が撃たれた時の事を思い出し、俺は思わずうな垂れた。
大丈夫だ。きっときっと……あいつがそんな簡単にくたばるものか。
そう強く思っても俺の心の中は一向に落ち着くことはできない。
彼の傷が癒されることを願い、そして、俺が琉から離れれば、琉はいつもの穏やかで優しい彼に戻れることを信じている。
背後は次第に夜の闇に包まれ、星がぽつぽつと瞬きつつある。その星の瞬きと共に幾つも幾つも琉の笑顔を思い出しては消えていく。
その度に胸が締め付けられるような苦しさに襲われ、切なくて涙が出た。
戻りたい……でも腕が体が拘束されて思うように動けない……。
俺らのバイクを操縦しているOrder Police Corpsの護衛が再度ミラーをちらっと見て、ちっ、と短く舌打ちをした。
「どうした?」
隣にいる沼間が重たそうな体を乗り出す。
「後方の仲間にあいつらが追い付き襲い掛かっているようです」
「……くっそ。ふん、悪あがきも大概にして欲しいものだな」
強気な発言の割には、少し焦りの色を見せた沼間だったが、ふと上を見て微笑んだ。
「来たぞ。奴らはもう間に合わない」
その時上空から中型の船が俺たちの頭上で影を作る。
いつのまにかOrder Police Corpsの船体が近づいてきていたのだ。
中型とは言え、前に見た時よりもずっと大きな船体でその船首が尖っていた。
下降するのと同時に重々しく後ろのハッチが開く。
俺たちの乗ったバイクがそこへ滑り込み、中の船内へ後続のエアバイクが次々と入って来る。
これは……小型の宇宙船?
「嫌だ、火星になんて行きたくない! 降ろしてくれ!」
「まだ、抵抗するのか、あ?」
無駄な抵抗だとわかってはいたけど、わめいたが、そんな俺の口を沼間が塞ぐ。俺はハンカチのような布を噛されて、そのままぎゅっと頭の後ろで固く結ばれた。
「しばらく火星への旅だが、なぁに心配することはないよ……。火星についたらすぐに入籍して早速その晩から子作りだ、いや、船の個室で今からすぐにでも楽しむか?」
沼間は変に甘ったるい声を上げ、そのまま分厚い唇を俺の頬に押し付けた。
俺は全身がぞくりとし、その拍子にじわりと涙が浮かぶ。
入口はそのまま何重にも連なったドアが重なるように閉まる。
俺はそこから沼間に艦内に引きずられ広いブリッジへ連れていかれた。
ブリッジでは席がいくつもあり、俺はそのうちの一つの席に沈められ、シートベルトを閉められた。
船内ではOrder Police Corpsの制服を着ている船員が、座席に腰を落ち着かせた沼間に告げる。
「沼間教授、あと四十分もすれば空港に着きます」
「……そこまで待っていられない。このまま管制塔に連絡しろ」
「え、しかし、空港には大型の宇宙船が待機しています。それに乗り換える手はずでは……」
焦る船員に沼間は語気を荒げた。
「それでは時間がかかりすぎる! いいからこのまま火星へ向かえ、この機体なら問題ないはずだ!」
「確かに構造上は問題ないと思いますが。し、しかし、当機は月へのフライトまでしか経験がありません。搭載されているエネルギー充填などを考えると、もっと大きな船の方が……」
「煩い、あいつが来てるかもしれないんだぞ! さっさとしろ!!」
「は、はいっ!」
一人の船員が慌てふためきどこかにアクセスしている。どうやら空港の管制塔へ自船の名称ナンバーを伝え、発着ゲートへの誘導を願い出ているようだ。
OKが出ればそのまま所定のゲート場所を指定され、航路が伝えられる。
そこから地球外へ出ることができるようだ。
本気か!……このまま直接火星に向かう気だ……。
「ぬ、沼間教授!」
他の船員が叫んだ。
「どうした?!」
「右舷デッキフロア近くの船外カメラに何者かが映っています……!」
「なに? モニターに映し出せ!」
切り替わる前面のモニターを見上げた船内の全員がその様子に声を上げた。
スクリーンに、映し出された船頭の先端近い位置に、恐らく琉とおぼしき者が腕を組んで仁王立ちしているのが見える。
先ほどとまた違う未知の生物の融合されたミュータントに近い。耳が尖っていてしっぽが生えている。体は鋼鉄の筋肉質のようで、目が鋭く、牙も生えていた。
胸元にはぐるぐるとさらしが巻かれていて、胸元が血で滲んでいる。
俺が彼から離れても、全くもとの琉に戻ってはいなかった。
それどころか体の変化が増して、獣のようだ。険しい顔をして髪は逆立ち、グオーーーーと咆哮した。
沼間め、話が違うじゃないか!
俺は抗議の視線を沼間に送ったが、艦内はそれどころではないようだ。
「くそっ、もう来たのか! 振り落とせ!」
「このまま上昇します!」
船はエンジンの音を響かせながら上昇していく。
そんな、これ以上上に上がったら、琉が落ちてしまう!
俺は座席で暴れた。けれど、むぐむぐ言うだけで、そんな俺の言葉が誰かに届くわけもなく……。
船は上昇していくが、琉の足はまるで吸盤のように船体にぴったりとくっついたように微動だにせず、まるで船をサーフィンの板を乗りこなすようにバランスを取っていた。
「くっ、しつこい奴だ、うち落とせ!」
沼間が苦々しそうにモニターを睨みつける。
すぐに琉に目掛けて右側から突出したレーザー砲が幾度も火を噴く。
琉はそれを左右に揺れながらひらりひらりと涼しい顔をしたままかわす。
そしてすぐに再び腕を組むと、少しこちらを挑発するように軽く中指を立てた。
「くそ、生意気な! このまま所定のワープゲートに向かってしまえ!」
「し、しかし、人が宇宙船外に立っているのに。このまま上昇すると、成層圏に向かってしまいます」
「煩い、あれが人に見えるか?奴は得体のしれないミュータントだ! 所詮は化け物だ。どうなろうが知ったことか、さっさとしろ!」
沼間の一喝で操縦席が怯む。
琉の真の姿を見て、俺は自分が今までアルファとかオメガとかにこだわっていた常識その物も吹っ飛んだ。それ以外の概念の者が今目の前にいる。
琉はそんな自分の存在と戦っていたんだ。彼にしてみたら俺の悩みなんて小さな物に思えただろう。
「管制塔より了解を得ました。だ、第一ワープ地点である成層圏へ向かいます」
成層圏へ上昇なんて言ったらほぼ宇宙じゃないか。そんなのいくらミュータントだと言っても体が保つのか?! やめてくれ!
俺は心の中で悲鳴を上げた。
そのまま船は信じられないスピードで上昇していく。
しかし、画面が二分割されたモニターの一つに映っている琉は、腕を組んだままその場から身じろぎもせず、ただ、逆立った髪の毛だけが乱れるように揺れていた。
きっと近くにサエカやエムルがいて、仮に……琉にもしものことがあっても彼らがきっときっと救ってくれるはずだ……。
俺は祈るように目をぎゅっと瞑った。
そのうち目の前の画面がざざっと切り替わり、もう宇宙と地球の境目近くにまで上昇していることだけはわかった。
そして重力が抜けて体が軽くなっている気がする。そして寒い……。周りはもう真空なのだろうか。船内が急に静かになる。
「流石にふるい落とされただろう……」
何がおかしいのか、沼間が高笑いをした。
「ね、念のため、確認してみます」
船員が再び琉のいた場所をモニターに映すと、そこには誰もいなかった。
「ほら、奴は落ちた。ざまぁないな、宝田!」
沼間が再び高笑いをしたが、船員がいきなり悲鳴を上げた。
再び船外のカメラで船のあちらこちらを切り替えつつ映していると、操縦席の上にある船首に琉が立っているのが見えた。
船の中から見えるモニターには藍闇の空に船首の上に立ち、船から発られているライトに照らされて、それこそ今にも燃えてしまいそうなくらい赤い色の髪の毛をしている。
白く光に包まれた筋肉が盛り上がった野生児のような勇ましい琉が……。けれど美しい横顔をしていた。それはいつもの鼻筋の通って少し釣り目の俺の見慣れている宝田琉だった。
俺は思わずそんな彼を、人知を超えたものであるのに、美しいとすら思ってしまった。
成層圏近くまで船が上昇していても船外の琉は何も問題なく微笑んでいた。
ただ、髪の毛が風でなびくというよりも、どこかふわふわと漂っているような感じだ。
もう重力がなくなってきてる……と、俺の心臓の鼓動は激しく波打つ。
「ま、まさか……奴は不死身なのか?!」
「くそっ、こいつは……やっぱり底知れぬものを持っている。地球外でも生きれる能力まで備えているとは 忌々しい奴め!」
沼間は俺の視線に気づいた様子で、俺を睨んだ。
「……あいつの正体は月で生まれたミュータントだ」
「恐らく何かの猛獣と人間のハーフ……しかも、アルファでもある。あまりにも知能や能力が人並外れていたから、お前のように薬で抑えつけておかなければどうしようもなかった……」
「……琉が」
「もうあとわずかで地球外だ。なのに嘘だろ……」
船員たちが琉を畏怖し始めている。
「くそ、このままワープ飛行に移行しろ!」
「そんな……いくらなんでも無茶です! 相手はミュータントと言っても半分は人間でもあるはずです。成層圏では大丈夫でも次は空気もなにもない宇宙空間ですよ?」
「煩いさっさとしろ!!」
俺はその場で暴れた。流石にそんな非人道的なことは許されない。
琉、琉!! 逃げてくれ! 琉!
俺の心の叫びにふと誰かが呼びかけた。
『アヤト……俺のアヤト……聞こえるか……』
その声はまるで直接俺の頭の中に響くような感じで、俺がキョロキョロしても、周りの沼間や船員たちには聞こえてないようだ。
俺は自分が温かい何かに包まれているような感覚になった。
(琉……琉なのか……?)
『そうだ……姿形は変わっても、俺は俺だ……』
(琉、ごめんな、お前がそんな風になったのも俺のせいなのだろう?)
『それは違う……』
(え……)
『これが俺の本来の姿だ。思い出した。いや、正確に言えば俺のもう一つの顔とでも言った方がいいか。俺がこんな姿形で失望したか?』
(ううん、そんなことないっ。ただ、琉が苦しんでるんじゃないかって)
『そんなわけあるか……むしろ心地いい……。今まで抑えつけられていたからな……』
(そうなのか……)
『アヤト……こんな俺だが……お前の所に行ってもいいか? この姿の俺が怖くないか? 気持ち悪くはないか?』
(なんで……そんなこと言うんだ?)
『お前は……見た目が変わらない人間、アルファ、ベータ、オメガに関して意識するような繊細な男だろ? だから、姿形が変わった俺を見たら怖がり、嫌がるんじゃないだろうか、嫌われるんじゃないだろうかって、ずっと思っていた……。俺はお前のことが好きだから嫌われたくなかった』
(琉……。)
俺はショックを受けた。自分が誰かを差別していることで、それ以外の人間が琉がずっと苦しんでいたんだ……。
それなのに……。俺は……俺って奴は……。とんでもないことをしていたんだと……。
(ううん、全然。そんなことないっ)
『本当か? 正直に言っていいんだぞ?』
(っ……少しだけ怖いかもしれないけど……)
『ふふ……正直だな』
(琉……今まで本当にごめん、ごめんよ……俺、なんてお前に謝ったらいいんだ……。)
『いいんだ。お前が謝ることじゃない……』
(けれど……俺のせいじゃなかったら、お前どうしてそんな姿に……? お前は一体……)
『沼間がどこまで知っているかわからないが、俺は薬で抑え込まれていた。強すぎるアルファだからだと思っていたが、そうではなく、それ以上の能力、ミュータント化しないようにされていたとは。古藪先生が言うには俺のような存在の人間はごくわずかにいると最近聞いたことがあったそうだ。だが、本物を見るのは初めてだったらしいから、彼は最初俺がそうだとはっきりと判断できなかったようだ。俺も、古藪先生に言われてやっとわかった、自覚出来た……。俺もお前と同じように薬で押さえつけられていたからしばらくそんな自分を忘れていた』
(古藪先生は大丈夫なのか?)
『あぁ、大丈夫だ。エルムの処置が早かった。すぐに傷口も塞がったようだ』
(俺、今凄い混乱してる……頭の中で上手く整理ができない)
『そうだよな……』
(でも一つだけ、お前の目をモニター越しに見てわかった。琉だって思った……)
俺の言葉にしばらく間があったが、琉のふふ……と微笑んでいたような声が聞こえた。
『……ああ、俺は俺だ』
(じゃあ何も問題ない。よかった。俺はお前がお前でいてくれたら、もう何も問題ない。俺はずっと自分の中に偏見を持っていた。俺のエゴだった。人の事を考えられるような人間じゃなかった……。でも自分がオメガだとわかって。色々なことがあって、今になってわかったことが沢山あって。反省しなきゃいけない……)
『アヤト……』
(ん?)
『沼間にあれこれ吹き込まれても、もう惑わされないで欲しい。俺を信じて欲しい……。そして……もう俺の傍から離れないで欲しい……』
(わかった。もう俺、琉の言葉だけを信じるようにするよ……)
『あぁ……』
(琉……会いたいよ。琉に会って直接今までの事、謝りたい……)
『……わかった』
その時機体が大きく揺れた。目の前のモニターは機体が所定の位置についたのか、ワープをしようしている。
機体全体に大きな音が響き渡る。
俺は後ろ頭を擦りつけて必死で口を塞がれていたハンカチを取り除く。
周りの奴らは琉のことで頭が一杯らしく誰も俺に注意を払っていない。
俺は必死で暴れたが、シートベルトが体に食い込んで席から立つことはおろか動くことさえできなくて歯がゆかった。
「やめろー! 琉が船外にいるんだ、よせっ!」
目の前にあった星々の光が瞬時に流れる。
一度目のワープで目の前に大きな月が現れた。
モニターの中に映っていた琉の姿はなかった。
確認なのかあちらこちらの船外モニターが宇宙船外の様子を映しだしたが、琉の姿はない。
「よし、なんとかふるい落とせたようだな」
「これより月から指示された第二ワープ地点へ移行……数回のワープを経て火星へ向かう」
「琉っ、琉--!!」
そ、そんな……!
「諦めろ、奴は叩き落とされた、ワープ中に宇宙空間へ落とされれば流石に助からない」
「なんてこと……それでもお前は人間か!」
「あぁ俺は少なくともミュータントではない。人間だ。そして人間同士、お前とつがいになるんだよ」
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!」
俺が喉が枯れるまで叫んでも、沼間はにやりとするだけで、俺は俯くと、涙が後から後から零れて、俺は声を上げて泣いた。
そんな俺の叫ぶような鳴き声も、第二ワープ、第三ワープの繰り返す音が、かき消す。
第五ワープの走行中それは起こった。
もう火星は目の前にあり、ワープの必要はなくなったが、船内が赤いランプで照らされている。
火星は地球よりも小さく、地球からの水の移動や移植の歴史が数百年もあり、地上には大気が生成されていた。
「な、なんだ? どこか故障でもしたのか」
「右舷ヌクリアエンジンにトラブル発生・右舷ヌクリアエンジンにトラブル発生」
次の瞬間機体からドーンと大きな音が響き、船全体が地響きのように揺れる。
「まずい、このままでは火星の重力に引っ張られて落ちるぞ!」
やはり誰も口にしていないが、この小型の宇宙船では火星まで行くのに無理があったんだ。原因はわからないけれど、月までの渡航記録しかないと言っていた……。
かつての火星以上に大気が増えたとは言え、まだ手放しで地表に生身でおりることはできない。
重力も地球に比べ三分の一とはいえ、機体が引き込まれれば危険であることに違いはない。
船が不自然な方向に傾き、天地が逆になったような気がした。
目の前のモニターに火星の地上が広がる。そこには大きなドーム状の建物が幾つか並んで建っているようだ。
明らかに何かに吸引されているように、機体は重力を伴って、真っ逆さまに落ちていく。
俺は覚悟を決めて目を伏せた。
このまま火星に不時着したとしても、俺に待っているのは沼間との地獄のような日々だ。それならいっそのこと……。
その時ふっと俺の背後に誰かの気配を感じて俺は振り返った。
「遅くなってごめんな、アヤト」
琉はあまりにも自然に笑顔でその場に立っていた。
まるで普通の家の玄関から扉を開けて上がり込んだみたいに。
彼には犬とも猫ともつかない耳が生えていて、長いしっぽが二つ背後で揺れていた。腕にも足にも毛が生えている。手はグローブみたいに大きくなっていたけど、指は長く形は綺麗だ。
毛で覆われている顔も琉の綺麗な横顔の高い鼻筋や穏やかな眼差しはそのままで、俺は驚くほど素直に彼を認めていて、受け入れていて、本当はこんな琉を目の前にしたら動揺してもおかしくないのに、普通に話をしていた。
「琉!」
「お、お前どうやって」
「どうやってってそろそろ大気圏が近いなと思ったからさ。突入するのを待って後ろのハッチを開けたんだが……」
「……ってお前、こ、この船、おち、落ちそうなんだぞ!」
「そうみたいだな」
周りが阿鼻叫喚の中、琉はしれっとした顔で俺が縛り付けられてる紐をあっさりと解いた。
「この後ろに脱出するポッドがある。俺と一緒に行こう」
「えっ、あっ!」
俺はふわりと彼に抱き留められる。
先ほどまで俺を席に縛り付けていた沼間は今度は自分が席から離れることができずにじたばた暴れていた。
琉はひょいとブリッジの出入り口である天井部分に俺を抱えたまま降り立ち、通路に向かった。
「お前、ワープ中どこにいたんだ?!」
「ん? 船外にいたが……」
「いたが。って……。なんで無事なんだよ?」
「大丈夫だったよ、小型船でも多少その周りにシールドを張ってあるものだ。船体にくっついていればシールド内には収まる」
「そ、そんな簡単なことじゃないだろ。お前、お、俺がどんだけ心配したと思ってるんだ!」
俺は震える声で琉に掴みかかった。
琉は俺の顔を見て驚いている。
俺もわかっていた。もう怒りからくるのか、ほっとした気持ちからくるのかわからないけれどさっきから涙が止まらない。
「ごめん……心配かけた」
片腕で力強く体を抱き止められたら涙がもっと溢れ出してきて、俺は琉に抱きつきながら泣いた。
彼の体は暖かくて、逞しくて、それでもあの宇宙空間で全く問題なかったのが嘘みたいだ。ミュータントというのは凄い生き物なんだなと思う。
もう怖いとかそういうものじゃなく、ただ、琉という存在がこの場にいてくれることがとてもほっとして、ありがたくて、大切で……。
通路の脇には沢山のカプセルのような形の小型宇宙船が並んでいた。
琉はその一つのハッチを開ける。
その時不意に光が琉の頬を霞めた。
「行かせないぞ!」
俺たちの視線の先にやっとのことで追いついた様子の沼間がレーザーガンを片手にこちらを睨みつけていた。
「……琉っ!」
琉は黙ったまま彼を睨みつけると、俺を先に小型の宇宙船内にある座席に座らせた。
船内から沼間と琉の様子が見える。俺は小窓からその様子を見ているしかできなかった。
「くたばりぞこないが! 今度こそ死ね!」
沼間が乱れ打ちのようにレーザーを何発も放つが、それらは軽く琉の手が弾き返した。
そのうちにレーザーガンの弾が無くなった様子で、出ない銃を沼間は必死に連打していた。
「くっ、そんな、ば、馬鹿な……」
「もう二度とアヤトの前に現れるな。俺の前にもな……。さもないともう次はお前の命の保証はない」
「ひっ!」
沼間は顔面蒼白になり、こくこくと頷いた。
「……まぁ、お前らが無事に火星に着陸できたらの話だがな」
すぐに琉が俺の宇宙船に乗り込んできて、操作する。
琉は俺にシートベルトをつけると、そのまま小型のカプセル船は飛び出した。
対面に椅子があり、琉もシートベルトを付けて座る。しかし、彼にはこのカプセル船は少し狭いようだ。
どうしても体が密着してしまう。
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