第八章 運命のつがい

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 離れた船は地上に落ちるのと同時に、火花を散らし、煙を噴き上げている。  あれでは地上に落ちる前にバラバラになってしまいそうだ。  だが、もうやつらのことなんてどうでもいい……。    俺たちは狭い船内で火星の地上に落ちるまで抱き合うような形で、俺はもうそれでよかった。  今ここに琉がいてくれる……。  カプセルがいよいよ大気圏に突入して行くと小さな船体が大きく揺れた。  琉が耳元でそっと囁いてくれる。 「怖いか……?」 「……少しだけ……」 「素直だな。アヤトは凄く素直になった」 「バカヤロ……茶化さないでくれ……」  俺は琉の大きな手でぐっと肩を抱き寄せられた。 「こうすれば怖くないか?」 「うん……琉が一緒だから怖くない」 「大丈夫だ。お前は俺が守る……」 「ごめんな、琉、俺っ……俺っ」  後に言葉が続かない……今までの気持ちがいっぺんに溢れて、また俺は涙が出てしまった。 「泣くな。もう怖い想いはさせないから、俺がずっと傍にいるから……」 「うん……琉あのさ、俺さ……」 「うん?」 「俺もお前が大好きなんだ」 「こんな姿でもか?」 「うん、いや、むしろかっこいいよ」  俺の言葉に琉が笑顔を見せた。  そっと涙で濡れた頬を大きな手が撫でてくれた。  俺は琉に抱きしめられながら、琉に包まれるように、そして、俺たちはキスをした。  あの時のような、いいや、あの時以上に熱がこもった優しいキス。  でも今度はあの時のキスとは違った……俺の方からも素直に迎えいれた。  今度は一方的なキスじゃない……。  少し唇を離して、琉が目を潤ませた。 「アヤト……」  そう優しく囁くと今度はもっとキスが深くなった。  火星の地上に俺たちは緊急着陸した。  この小型のカプセル型の船でも、重力が地球程でないため船体もさほど大きなダメージはなく着陸できた。  また火星には海が無いので、海や川の上で遭難することもない。  船から緊急信号を発していると、遠くからエアカーが何台か近づいてきた。  俺たちはカプセルの中で待機するように言われ、カプセルごと回収される。  そこから小一時間ほどで、ドームが密集した恐らく火星の都市ともいわれる場所へ移動した。  俺はカプセルの中から始めて見る火星の赤い地表を物珍しく眺めた。  地表があるからここが本当に火星なのか、地球なのかわからなくなってくる。  また、月に行った事もあったが、火星には多少なりとも大気があり、月の真っ暗な地表とは違い、地球味があるからそう錯覚してしまうのかもしれない。    空港と思しき巨大ドームに船ごと吸い込まれると、中は地球上にあるドームの中と変わらない街が存在していた。  年々その規模も拡大されているとは聞いたが、実際に訪れてみるとその様子は想像以上に広がっていた。    酸素と地球上と変わらない重力をコントロールされたドーム内で俺たちはやっと緊急小型船から降りることができた。 「あ……琉……」  気づくと隣にいた琉は元の姿に戻っていた。いつもの琉だ。  空港はそれなりに人で混んでいたが、俺達は緊急用の船が収容されるゲートから降りたので、そこはメインのところから少し外れた場所だった。  俺たちがロビーに向かうと、そこには俺が良く知っている両親が待っていた。  でも二人はどこかやつれていて、母親であるユキトは特に痩せてしまったようだ。  ミチルは申し訳なさそうに俯き、ユキトは目に涙を浮かべて、いまにも俺の元へ駆けてきそうな様子だった。  その姿を見たら俺は怒りよりも彼らも彼らなりに苦しんでいたのかもしれないと悟った。 「アヤト!」  真っ先に俺に抱き着いたのはユキトだ。 「ごめんなさいっごめんなさい、アヤト、辛い思いをさせて……!」 「ユキト……どうしてだよ……なんで……!」  俺は久しぶりのユキトの温もりに、その肩に額を付ける。  どうしてこんな事になったんだと責めるつもりだったのに、今は再会できたことにほっとしている自分がいた。  互いに気持ちが高揚しているのを、空港のビルの吹き抜けの風が落ち着かせてくれた。  俺たちはロビーの一角にあるカフェの一角で、詳しい話を聞くことにした。  ユキトは緊張していた。彼の動揺を庇うようにミチルが話すことになった。  ミチルはカフェラテを一口すぐに飲み込み、彼自身も気持ちを落ち着かせる。 「アヤト、お前が生まれたのが沼間が関わっているサウス大学病院というところだった。けれど、生まれてからみな、DNAを調べられる……」  ミチルの話によると、俺はその時にオメガであることがすぐにわかった。もちろん二人は普通にそんな俺を受け入れるつもりだった。  けれど、俺の型はオメガの中でも特殊なものだということが知られると、その病院に関わっている沼間が飛んできたのだった。  その当時准教授だった沼間は婦人科で血液からわかる個々の種別を調べる機関にいた。  俺は一千万人に一人出るか出ないかわからないくらいの人類が変化を遂げた初期の頃のオメガに近いDNAを保有していたそうだ。二マイナスというマイナスが付くほど繁殖に特化した種類だそうだ。  そもそもオメガにマイナスが付くことは稀らしい。  そして何よりも問題は俺の発情期だった。  俺は人よりもずっと早く発情期も繁殖も可能らしいだが、それは現在の倫理的に問題になるそうで、通常の発情期を抑える薬ではほぼ効き目がないとのことだった。  もう血そのものを変えることで抑え込むしかない。  と……。そうしなければ若い年からまるで男娼のように誰にでも腰を振るような淫獣と化すとのことにユキトもミチルも動揺した。    それからは専用の医療ロボットエムルを俺につけ、幼少の頃から見張りとしてつけるようにしたそうだ。   「でも……俺はそうだとしても……琉は?」  俺と琉が互いに視線を合わせた。  俺の問題は俺の問題で流れがわかったが、琉は何故その俺が危機的状態になると反応するのか……。 「それは私が説明する……」  背後から声がして俺たちは振り返った。  そこには琉の父親のミカサがスーツ姿で立っていた。   「琉は、私の実子ではない……」  なんとなく想像はしていたが、ミカサは開口一番その場にいる全員が緊張する言葉をまず発した。   「私とお前の母親と結婚した時からもうお前は生まれていた」 「……!」 「じゃ、俺の母親は再婚?」 「……いや……そうじゃない……」 「彼、ナガレと私は月で出会った。その時ナガレは普通の精神状態でなく、月の第四ドームというところに住んでいた。彼は何かから何かを守ろうと常に怯えていた様子だった。その時に家にいたのがお前、琉だ」 「……」 「ナガレはお前を産む前に月にある研究所で助手をしていた……。そこでは不妊治療だけでなく、遺伝子の研究もされていたそうだ。その時に調べてもらったそうなのだが、ナガレは子供が授からない体だったらしい……ナガレはその時子供が持てないのなら一生独身で構わないと思っていたそうだ。ところがそこの研究所で体外受精の話を持ち掛けられた。相手は精子バンクからナガレの希望する精子にしてもらえると聞いていた。彼はもともと結婚願望がなかったらしいのだが、子供は欲しかったので、体外受精で優秀な精子をもらえるのならという気持ちで琉を生んだらしい」  けれど、琉は変わった子供だったそうだ。  見た目は普通の可愛らしい子供なのに、何か目に見えない物が見えたり、予言めいたことを言って当てて見せたりと……。そんなある日、地球を眺めていた琉が突然獣のような姿に変わり、吠えたそうだ。それからナガレは怖くなって、琉を庇うように研究所もやめ、琉と月で暮らしていたそうだ。    そこで月に長期出張に来ていたミカサとナガレは出会った。  ミカサは彼の悩みも聞いた。琉が周期的に地球に向かって獣のような姿になり切なそうに泣くので、ある日思い切って何故そうなるのかと琉に聞いたそうだ。  すると琉は地球へ行きたいとだけ言ったのだ。  何かを察したミカサはかねてからナガレに惚れていたので、結婚を申し込み承諾してくれたナガレと琉を連れて、地球へ向かった。  自分の懐かしい故郷へ戻ろうとしたが、琉はどうしてもサウスエリアの方へ行きたいときかなかったらしい。    そして、俺と琉は出会った……。   「ナガレは私は人体実験にされたんだと悩んでいた。聞いたことがあった。月の研究所では時折そういうどこから流れて来たかわからない、どのように作られたかわからない精子を扱うことがあったと。私も研究所の人間に問い詰めたが、彼らも何故そのようなものが紛れ込んだのかわからないと困惑していた。ただ、一部にそういう人間を望む者もいたことは確かだ。人間としてではなく、人間を超えた更なる優秀な人間を作りたがるやつらが……。ただ、琉はそのこと以外はとてもいい子で育てやすい子だった……。でも本能的に私と血のつながりはないというのは琉は悟っていたのだろう。私もそれを言われるのは辛かったのでそのうちに琉を避けるようになってしまっていたかもしれない」  ミカサは申し訳なさそうに琉を見た。  けれど、琉は以前のような反抗的な視線をミカサに向けることはなかった。  むしろ色々なことが合点が行ったような様子だ。   「お父さん……辛い思いをさせてしまっていたのですね」 「いや、私など、お母さんの方が色々辛かったに違いない」 「でも、そんなお母さんをお父さんは支えて来てくれてたんですよね」 「私なんかで力になれてたのか……」 「なれてましたよ!」 「琉……」  俺は初めて琉の父親が琉に対して切なそうな視線を送るのを見た。例え血がつながっていなくても、もう彼らは親子なんだって思った。    結局琉の正体はわからなかったけれど、今の俺も琉もそれ以上の事を問い詰める気持ちにはならなかった。   「琉はアヤトと逆で、本能的に生きる猛獣とアルファであることから余計アヤトのことで、彼が危機的状態になったり、発情期になると反応したのかもしれない。いや、もしかしたら、今までの事を考えると、お前たちがつがいなのかもしれない……」 「俺たちが……つがい?」 「そうだと思います。俺はずっとそう思っていました」 「……琉!」 「アヤトだけだったんです。俺が猛獣のようになった時俺の思っていることが伝わったのは」 「そんなことが?」  思わずユキトが声を上げた。 「凄いわね、互いのテレパシーが通じ合うなんて……つがいはそんなこともできるのね。なんだかまるで赤い糸で結ばれていたみたいね……」  俺ははっとして顔を上げた。    運命の赤い糸……。  ミチルの言葉で、俺の部屋にあったあの本をミチルが気にしていたことを思い出した。  彼はあの本を読んだんだと思った。  そして自分の手から赤い糸が伸びてそれが琉に繋がっていたんだとふとそんなイメージが頭を過る。 「俺はずっとその糸が見えていたよ……」  横にいる琉が俺に微笑みかけるように呟いた。  俺はドキリとした。 「……とまでは言い過ぎかもしれないけど……俺が月にいる時から、お前が俺には見えていた……。言葉に上手くできないけれど、感じていた……」 「沼間のしたことは、途中までは正しいと思った。アヤトのことも琉のことも互いを抑え込むことでそれは倫理的に合ってると思った。だから私たちはお前たちが大きくなってから、真実を伝えようと思っていた。けれど、何かが沼間を変えたのだろう……沼間はある日から暴走するようになり、本当は血を変えることは犯罪なんだと言い出し、私たちを翻弄したよ……」 「ナガレももう納得している、そして私たちもアヤトくん……もし、そのっ、嫌でなければ、どうか……琉と……」  ミカサさんの言葉に俺は思わずユキトとミチルを見た。  二人は俺たちを見て微笑み頷いている。   「アヤト、お前のつがいは沼間ではない。宝田琉くんだ……」  空港から幾つもの船が様々な航路で飛び立っている。  そしてそれらはワープポイントからキラキラ瞬く星のように煌めくとふっと消えていく。  帰還する俺たちの乗る船は沼間たちに乗せられていたのと大きさは同じだったが、船体は丸く見るからに新しかった。    俺たちの姿を見つけたサエカとエムルが手を振りながら迎えに来た。  二人はアンドロイドで笑顔を見せることはなかったが、どこか落ち着きなくどう見てもウキウキしているようだった。整備やら俺たちの欲しいものはないかなど聞いてきて、この先もサポートする気満々のようで、そして俺たちの再会にどこか嬉しそうだった。   「アヤト、待ってましたよ! 今度は船が墜落するなんてことはありません、最新型のモデルの船を用意しましたから」 「何か欲しいものはありませんか? 五時間ほどで地球に戻れるはずですから、その間の船の燃料や食糧やデザートなど生活に必要な物を十分に積み込んで準備しますね! あ、それともトラベルモードにしてしばらく宇宙の旅を満喫しますか?」 「どうしたんだ急にお前たち……」 「私たち嬉しいんです。ずっと沼間じゃなくてアヤトは琉とつがいだったらどれだけいいかと思っていたし、お互いにそう言いかけてはそれは言っちゃいけないって……凹んでいました」 「もぅ、エムル、そんな話はもういいから、これから色々食材買い込まなきゃ、ステーキ肉はあるし、マッシュルームポテト用のじゃがいももあるわね、後はデザート用のメロンを買い足してこなきゃ!」 「サエカ、その間ワタシは給水をフルにしておきますね」 「ええ、お願いね!」  いそいそと動き回る彼らに俺たちは思わず微笑んでしまった。  俺たちの親は身の回りの準備をしてから後日地球に帰って来るそうだ。
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