第二章 講義

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 そして今、講義の部屋の隅に俺たちはいる。アルファ側の一番端でオメガと接触しないように奥の席に。    そのうちに見慣れない生徒が次々と頭を下げ、こちらに入ってきた。  服装は地味で、少しよれたシャツなどを着ている奴を見ると少しイラッとした。恐らくオメガの生徒に違いない。  最後に一人、好青年らしい人物が入ってきたが彼が一番スーツをきちんと着こなして姿勢もよかった。だがさほど背は高くない。こいつはベータなのだろうか?    今日の議題は『人種差別のない平等な世界を目指して』    という、いかにも表向きは交流会的な、オメガを歓迎している風なタイトルだ。  そしてその教壇には特別招待にサウスエリア医大の沼間教授が立っている。  どうやら生徒たちの間を取り持つ調整役としているらしい。  それぞれ自己紹介が始まったが、驚いたことに好青年と思っていた最後の生徒がオメガだと彼の自己紹介で知った。  それぞれがもっともらしい講釈をして、俺はそいつらの歯がいつ浮くかと彼らの口元を見るのに集中してしまった。    それぞれがまるで夢物語みたいな理想論を掲げる中、例の青年が静かに立ち上がる。  しかし、話し始めたとたん急に険しい顔になった。  そして今でも根深くあるオメガ種への人種差別について熱弁を振るい始めたのだ。 「真っ当なオメガは本当に真面目に生きていることをこの場で改めて伝えたい。僕らは法に従い、それぞれが自己管理をしっかりしています。かつての無秩序が心底許せないからです。発情期の時期については各自データをきちんと把握し、その時期にはみな制御の接種を義務付けられています。ですから、少なくとも中央都市大学付属高校に通う僕らは真剣に自分と向き合い生きています。しかし、近年、タチの悪い隠れオメガなるものが存在し、今はそれらが秩序を乱していると我々は考えております」 「隠れオメガ?」  思わず俺は声に出してしまった。  青年がこちらに気づき、俺に視線を合わせてきた。 「それは一体……」  俺は着ている服を正し、そいつの方に初めて体を向けた。 「ベータの居住する中央エリアに潜伏して、何食わぬ顔で生活している表向きベータの顔をしているオメガのことを言います。彼らのせいで秩序を守り、長い時間をかけて信頼を得た僕らの仲間たちは、社会的信用を失いつつある」  俺は初めてその言葉を聞いた。  それはなんでもオメガである自らを恥じ、薬でそれらを抑え込んで、ベータとして生きているというのだった。 「そんな馬鹿な話は聞いたことがない」  俺の言葉にその場にいるみんながざわついた。   「なんだ、アヤト知らないのか? ここ連日のニュースはそればかりだぞ」 「僕は知ってる、確か昨日か一昨日辺りにそんなニュースが流れたのを見た。なんでもそれに対する抗議デモが激化していて、時折国会前で機動隊と衝突を繰り返してるらしいぞ」 「そういう経緯があるから、今日の学生講義が開かれたんだろ?」  周りの声に俺は少しショックを受けた。  オメガと関わりたくないが故にいつもオメガ関連のニュースは検索避けしていたから、全くその情報を知らなかった。学校でその話題があったとしても、   オメガというキーワードを自ら避けていたせいでわからなかった。 「そもそもアルファのみが統治している今のあり方に問題があるのかもしれません。それぞれの種族がそれぞれに国会に出てそれぞれを監視するのが一番理想だと……」 「そんな……ありえない」  俺は強く批判した。 「そしてこれはつい最近知った事ですが、隠れオメガはベータの種族だけでなく、アルファの種族の中にもアルファとして潜伏しているという話があります」  俺はその言葉で頭に血が登った。思わず立ち上がり、奴の近くへ歩いて行った。 「それではなにか? 君はアルファが統一しているこの世界に問題があるからそんな無秩序なことが起きているとでもいいたいのか」  俺は静かながら相手に怒りをぶつけた。 「これは我々アルファに対する侮辱だ。俺たちがオメガのそんな小細工に騙されるような間抜けとでもいいたいのか」  奴につかみかかろうとした時、咄嗟にそれを琉がとめる。 「アヤト、よせ!」 「隠れオメガか何か知らないが、こんな根拠もない情報に付き合わされてお前は頭にこないのか?」 「……」  琉が神妙に押し黙ってしまった。 「アヤト……お前、本当に知らないのか?」  俺は琉の顔を見て愕然としてしまった。  琉に同調するように周りの学生も俺を冷ややかな視線で見ているような気がして、俺はその場に立ち尽くす。   「そこで僕たちも学生運動をしませんか?」  男の言葉で一斉に視線が彼に集まる。 「不本意ながら同族として僕もそんなオメガが許せないと思っている一人です。」 「待ってくれ」  不穏な熱気の上がる教室で、それを少しなだめるように琉が立ちあがる。 「確かに隠れオメガというのは悪いことかもしれないが、彼らにも恐らく何か事情があるに違いない。それを究明するのが先ではないか? そもそも差別がなければ隠れもなにもない。だからまず人々の平和のために君が言っていたオメガも政治にどんどん出てくるべきだし、自分もそうあるべきだと思っている」  俺はなんだか複雑になった。何故琉はこんなにもオメガ種に肩入れするのだろうか。そして何故回りはこんなに俺の知らない情報を知っているのだろうか。何故か琉に少し嫉妬にも似た感情が沸きあがる。  俺はほとんどノースエリアには行っていない。  だからこそ余計に自分が回りの人間に比べて何も知らないのだろうか。  確かに最近ニュースでちらりと見たような気がしたが、あれはエムルがすぐに消してしまった。  それ以来俺がニュースを見ようとするとエムルに何かと用事はないか聞かれたり、次の行動を誘導したりしていたような気もする。
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