第三章 隠れオメガ狩り

1/2
前へ
/21ページ
次へ

第三章 隠れオメガ狩り

 なんだか周囲がおかしなことになってきていた。  このサウスエリアにも実はオメガでありながら、アルファの姿で生活しているものがいるという。  今は血液の検査ですぐに自分がどの種の人間なのかわかる。  それぞれ管理ロボットがいはずだし、それらは国から支給されているはずだ。俺と琉は一人一人に専用の医療ロボットがついている。  そこへどんな風にオメガが入り込んでなりすますというのだ。  その日の講義で見せられた暴動の様子を映したノースエリアでの混沌ぶりや、毎日行われている主に学生たちによる集会のことなどで、俺はやっと事態の深刻さを知った。  そしてオメガの侵食を防ぐべく、こちらでも分かったことがあれば情報機関にそのことを伝えなくてはならない。    俺は家に戻ると、エムルが珍しく家にいなかった。  彼のメッセージを伝えるボードには『医療薬を補充するためでかけてきます』とだけ書かれていた。  テーブルには夕食後にこれを飲むようにと指示された薬が置かれている。  指示された陶器のコップの液体がココアの匂いがした。今度はココア味になったのだなと俺は少しほくそ笑んだ。  傍には美味しそうな焼き立てのクッキーが添えてあり、俺はそれを口にして、薬入りのココアを飲もうとした。  その時携帯に電話が入る。琉からだった。 「琉? どうしたんだ?」 「アヤト、今そちらに向かっている。サエカも一緒だ」 「何故? なにか俺に用でもあるのか?」 「サエカがお前の医療ロボットのエムルが先ほど警察だと名乗る男たちに探されていると聞いたんだ」 「エムルがまさか、彼なら今薬をもらいに薬局に……でも何故? エムルが? なにかに巻き込まれたのか?」 「わからない。サエカがエムルからの信号を捕らえたんだ。彼自身何か非常事態が起きると発する緊急避難信号だったらしい」  直後すぐにドアのベルが鳴った。俺がインターフォンの画面越しに見ると、見たこともない黒い服を着た地味そうな男二人が立っていた。 「羅姫アヤトの家はここだな」 「そ、そうですが、な、なんですか?」 「お前が羅姫アヤトか?」 「そ、そうですけど」 「確認したいことがある」  そういうと男たちは鍵のかかっていたはずのドアの鍵のロックナンバーをいとも簡単に解除し、土足のまま家の中に入り込んできた。  俺は混乱する。 「何をしているのですか?」  彼らは医療用の道具があるところへ確認しに行き、中の空のボックスを開けて何かを調べていた。 「羅姫さん、あなたは定期的になにか薬のようなものを常用していませんか?」 「え、ええ。持病がありますから」  思わずココアの方へ視線が向いたのを男達の一人が気づくとそれに手を伸ばした。 「そ、それは……」  俺は慌ててそのココアを取ろうとしたが、男の方が素早かった。  男の一人がココアを何かですくい取り、検査のようなものをし始める。 「アヤト!」  そこに琉とアンドロイドのサエカが姿を現した。  男がココアの成分を調べて唸る。 「う……ん。これはただのココアのようだ」 「えっ……」  思わず俺は声を上げそうになった。 「ここには何もないようだ。どこに隠した!」 「何をだ?」 「とぼけるな、お前の医療ロボットがノースエリアのNM製薬に出入りしているということはわかっているんだ」  そういうと男たちはそのまま部屋の奥へずかずかと入って行く。 「待て!」  俺が追いかけると不意に彼らの声が静まった。  ドアの向こうを覗くと、キッチンのドアが開いていて、男たちが目の前に倒れていた。  すぐにその男たちを倒したのがエムルだとわかった。 「エムル!」 「一体、何があったんだ、アヤト」 「俺にもよくわからない、何がなんだか」 「オメガ狩りです……」  足元に転がる男たちを尻目にエムルが呟く。 「オメガ狩り?」 「アヤトさま、もしかしてと思い、フェイクをお出ししておいてよかった。どうか私と遠くへ逃げてください」  俺は改めて先ほどのココアを思い出した。 「ただのココア。これは薬じゃないのか?」 「薬……?」 「ああ、いつも俺が飲んでる奴だ、お前も知ってるだろう?」  琉は俺が血液の病気を持っていることを知っていたので、すぐに状況を理解した。   「事情は後でお話します。ご両親が火星行きの宇宙船の予約をしてあります。もう彼らは先に月に向かっています。一度月に着いてそこで火星の移住権を得ます。火星は地球の法律外の地域です、一旦月へ行き、手続きが完了すれば、もう追ってはこないでしょう」 「ま、待ってくれ、お前が何を言ってるのか俺にはわからない」  俺の問いかけにエルムは耳を傾けることなく、部屋の奥に消えた。倉庫を空ける音が聞こえて、すぐに旅行カバンを1つ抱えて戻ってきた。 「さ、早く」  そう言うと俺の手を引いて部屋の奥へ進もうとする。 「待て、状況を説明しろ、僕もサエカもこのままお前らを行かせるわけにはいかない」  琉は俺の前に立つと困惑気味にエルムに訴えた。 「あなたたちはお帰りください。巻き込みたくはありません」 「巻き込むって何を?」  サエカはエルムの前に立ち、行く手を遮った。 「どんな事情であれ、あなたたちをこのまま行かせるわけにはいかないわ」  サエカのルビーのような瞳がいつになく険しい。 「サエカ、いくらお友達でもあなたの言う事を聞くわけにはいかない」 「何故?」  互いが睨みあうように対峙するのを見て、俺は嫌な予感がした。  彼らは体のコアの中に小型のスモールヌクリアを持っている。それらは常に精密にコントロールされてはいるが、非常事態になった時に戦闘要員として動くこともある。  もちろん通常はそれらにはリミッターがかかっていて主人であるものが解除しなければ発動はしない。 「あなたが何かとても大事なことを隠しているからよ」 「そう言いながら時間稼ぎをするのは止めて下さい。言いながらもあなたは中央都市のマザーコンピューターに入り込み、私たちの情報を探りだそうと交信している」    その時物凄い轟音とともに家全体が揺れた。  家そのものは木造建築に見えるが、実は1つの小さなドームのような作りだった。あまりの揺れに俺たちは咄嗟に外に飛び出した。  このままでは家を壊されてしまう。  外に出ると、夕陽の浮かぶ空に大きな飛空艇が飛んでいた。 「危ないっ!」  咄嗟に琉が俺の上を庇うように覆うと、その更に上にエムルとサエカが重なってきた。  辺りはまるで竜巻にあったように崩れ、何もかもが吸い上げられていくように上空を風が舞う。  俺たちの体ですら吸い込もうとしている。  黒い船体には白枠がしてある大きな赤い文字でOrder Police Corps(秩序警察隊)と記されてあった。  凄い力で吸い上げられて、俺たちの体が宙に浮かび上がろうとした。 「うわぁあぁあ、琉!」 「アヤト!」  サエカとエムルが一斉に背中から銀色の翼を広げ飛行モードに入った。そのまま俺たちをそれぞれ掴み俺たちはあっという間に吸い上げられた。  気づくとそこは暗い部屋だった。  体が動かない。手や足が拘束されてしまっている。  暗闇からふと薄っすらとした灯りが開かれたドアから差し込んできた。奥からカツカツと靴の音が聞こえる。  制服を着たいかつい顔をした警官が一人。 「羅姫アヤト、お前の両親は薄情だな。そして自分らの罪を逃れるためにお前を置き去りにして火星へ逃げ延びた。お前自身が罪を受けるわけではない。お前はあるべき場所に戻るだけだ」 俺は今置かれてる状況に混乱した。そして目の前の男が言っている言葉の意味がわからない。 「エムルはどこだ? 仲間はどこにいる?」 「仲間のことを心配している場合ではないだろう?」  俺はどうして自分が拘束されているのかがまるで理解できなかった。  むしろこれは俺に対して失礼な行いをしているとすら思った。  警官が肩にしているバッジをみて俺は憤りを感じる。彼はベータの人間だったからだ。  俺の様子を見て何か悟ったらしい。それでも警察官は俺に媚びることなく、横柄な態度を止めようとしない。 「お前にとってアルファとはどんな存在だ?」  突然男が口角を上げて不躾な質問を投げかけてくる。どういう意味なのか混乱していて理解できない。 「なんだ。自分の置かれた状況を理解できてないようだな」  男が一歩進み出ようとした時、何者かが鉄のドアをノックした。大柄の男と対照的な木の枝のような細身の男が顔を出すと、なにやら男に耳打ちする。 「お前たちは何故俺を捕まえた? 俺が何をしたっていうんだ。それにお前は俺たちと違って身分が低いではないか。それなのにその態度はなんだ」  男は俺の前に立つとわざわざ俺を見下ろすような態度をした。何が面白いのか男の顔はニヤついている。    湯田……。俺は男の顔と名前を覚えた。必ずこの男を後で不敬に値する罪で訴えてやる。  俺は何もかもが気に入らなかった。生まれてこの方こんな風に雑に扱われたことなどない。 「お前自身は何も知らなかったようだな。お前が自分でしたことではなく、誰かにされてしまったことなら仕方ないのかもしれん。元凶はエムルにあるが、奴を捕まえないと事件が解決しない。だからこそお前を解放してやる。後は自分の目で真実を見てくるがいい」  エムルのことを責めている辺り、今この場にいないエムルは何かしらの形で彼らから逃げたのだろう。  さきほど来た奴らも覆面警察だったのだろう。    真実とか俺がしたわけではないとか、責められているのか同情されているのかわからない。  けれど男たちの俺を見下げた視線が気に入らない。  飛空艇から学校の校庭に降ろされた時、辺りは不気味なほど静まり返っていた。気絶してから飛空艇にどれくらいいたのかわからない。  けれど周りはもう明るかった。  いつもと同じ景色のはずなのに、異世界にでも来たような気持になるのは先ほどの非現実的な出来事のせいなのかもしれない。    学校に着くとそこで見かけた時計が朝の9時を指していた。  通常なら学生たちがこの辺りをうろうろしている時間だ。俺は違和感を感じながら、とりあえずいつものように校舎の入り口まで向かった。  俺の下駄箱には寮と同じように手紙が溢れかえっている。いつもと同じのはずだ……。  中の室内履きをみたら斜めに押しつぶされそうに入っていて少し気分が悪くなった。  そのまま中身をゴミ箱にすべて放り投げたい衝動にかられたが、今はそれに構っている場合ではない。   (琉はどこに行ってしまったのだろう? エムルは?)  校舎に入ると、生徒たちの姿が見え、俺はほっとした。  少し神経質になっていたのだろうか。よく考えてみればいつも早めに教室に入るからぎりぎりの時間になって教室に入るなんてことは珍しいことだ。たったそれだけの事なのにこんなにも感じる雰囲気が違うなんて……と俺は苦笑いをした。  いつもの教室に入ると生徒たちが一斉に俺を見る。 「アヤト!」 「琉!」  俺が彼の姿に気づくと、彼は足早に俺のところに歩み寄ってきた。  彼がいることで心のどこかで思わずほっと一息つく。   「琉、一体さっきのはなんだったんだ? お前たちはどこに行ってたんだ。俺はあいつらに訳の分からないことを言われて混乱しているんだぞ」 「そうか……なんにしても無事で良かった……。心配したんだぞ、あれから、エムルは逃げて、俺たちだけ船外に放り投げられた」 「エムルはどこに行ったんだ……」  俺の疑問に琉は首を左右に振るだけだった。 「サエカもあれから見かけない、こちらから連絡しても応答がない……。恐らく彼女はエムルを探しているのだと思う」  一体エムルが何をしたって言うんだ。  状況が掴めないまま俺は正直困惑していた。  その日の講義は不思議だった。妙に周りが静かで、いつものようなざわめきがない。  俺が視線を向けると何故かみんな今まで俺を見ていたそぶりでさっと目を伏せる。なんだか気味が悪い。  教室を移動する時にその微妙な空気の正体がわかった。  人だかりのある電子掲示板に琉と差し掛かった時に、周りの連中が俺を一斉に見たのだ。  俺は苛立ち、人垣を押しのけ掲示板を見てやることにした。 『羅姫アヤトは隠れオメガである。確信を得るには奴を薬抜きにして血液を調べれば良い。今までは薬の力で無理矢理アルファ種の血液の成分に似せていた。とんだイカサマ野郎だ。彼を断罪するべきだ』  誰が情報発信者かわからない。事実でないことを書かれて俺は頭に血が上った。 「ふ、ふざけるな! 誰だ。こんなものを書いたのは!」  俺は一斉にその場にいる奴らを睨みつけたが、みな視線を逸らす。  俺はその掲示板を叩き壊そうと腕を振り上げた。 「やめろ!」  咄嗟に琉が俺の腕をつかんだ。 「離せ、琉!」 「馬鹿、今お前がそんな風に暴れたら、このことが本当のことのようではないか。違うなら無視しろ!」  俺は琉の一言で我に返った。悔しい気持ちもあったけれど、ここで感情的になることが今の状況からみて正しいこととは思えない。けれど何故自分がこんな風に疑われなくてはならないのか、あまりにも屈辱的で腹が立つ。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加