第三章 隠れオメガ狩り

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 不意に背後から腕をつかまれた。振り返ると沼間教授がその無骨な手で俺の腕をつかんでいる。 「羅姫、話がある……」  妙に馴れ馴れしく威圧的な態度に俺は一瞬怯んでしまった。 「どうしたんですか? いきなり」 「ここで話をしてもいいのなら話すが」  そういいながらちらりと掲示板の方を見る。  俺はなんだか嫌な予感がして、そのまま彼の言う通りについて行くことにした。 「……宝田、お前はついてこなくてもいい」  沼間は琉を制した。俺も今は琉に付いてきて欲しくはなかった。  沼間の部屋はデータベースに資料が沢山あるにも関わらず、手書きの文書も机の周りに堆く積まれていた。  恰幅のいい体を少し黄ばんだ白衣に包み、沼間はのっしのっしと部屋の奥を進んだ。 「話とはなんですか?」 「……うむ」 「あの掲示板の噂は本当なのか?」  わざとらしい質問に俺は少し苛立つ。 「俺っ、いえ、私に聞かれてもわかりません」 「今朝、わしのところにこんなものが添付されてきた」  ふと差し出された資料を見ると、それは俺の名前が冒頭に書かれてあり、その後に細かく俺のDNAを分析したらしきデータがつらつらと書かれてあった。 「あまりにももっともらしい資料なのでな。学校としても今一度お前のDNAを調べてみる必要があると思ってな、申し訳ないが君の髪の毛を採取して調べさせてもらった」 「な……!」  そこには俺がオメガであるという最終結果が出ていた。  俺はわけがわからなかった。 「こんなものは嘘です……俺はずっと最先端の医療ロボットと共に健康管理をされながら過ごしてきました。もちろん常にDNAの検査はされていたはずです」 「エムル……だろう? わしはその医療ロボットはお前の両親が国からの援助金で海外から取り寄せたものだと聞いたことがあるが……。そのお前の両親が今Order Police Corpsに手配されていることは知っているな」 「……」 「私は何もお前の両親がお前の属性を偽っていたということに対して大きな罪は感じていない。昔と違い、今は抑制薬もかなりいいものがある。自分の子供がオメガであることを認めたくなくて、アルファであることを偽る両親がいることも。それが証拠にOrder Police Corpsもお前自身を責めたりはしていないはずだ。お前の両親が罪を犯したとしてもお前が率先して罪を犯したわけではないからなぁ」 「待ってください……」  嘘だ。なんだこれは。現実なのか?  俺は目の前の床がぐにゃりと曲がるようなそんな強い眩暈を感じた。  何かが胃から込み上げてくるようだ。  ダメだ……。このままでは倒れてしまいそうだ。 「来年度の学生募集要項の大きな変更があったのは知っているか? 優秀であればオメガの学生もこの先の大学に入ることができるようになる。まぁまだ限られた人間だけではあるがな。私はな、お前がオメガだったとしても秀でていることに変わりはないと思っている。以前から話していただろう? お前の努力次第では助手してもいいという話を……」 「待ってください。どうして私がオメガであるということを前提に話を進めているのですか? 違うかもしれないじゃないですか?」  俺が目の前が真っ白になりながらも沼間教授に訴えようとしたが、背後に昨日現れたOrder Police Corpsの人間が二人現れて、そのまま言葉が詰まってしまった。  大柄の男と細身の男湯田だ……。 「こちらが調べた、沼間教授に提出した検査結果がすべてだ。そこに事細かに出てきたぞ」  湯田がなぜか嬉しそうに呟く。その隣の大柄の男はネームプレートに久下と書かれてあった。 「面白いなぁ、オメガの分析というのは……お前の好きな食べ物や嫌いなものや好みの香り、どんな男の匂いが好きか、性癖。そんなことまでわかってしまうなんてなぁ……」  にやけた沼間の顔に俺は全身が総毛立った。  嫌な汗がこめかみから流れる。  自分がその場で身ぐるみはがされ、裸にされたような気持になる。  自然と体が震えてきてしまう。 「まぁ、私が前に話した事を今でも覚えているか?」 「……?」 「アルファ同士だったとしても、私が君に興味があったってことだよ。私が生徒に興味を示すということは、お前の力を認めているということだ。そしてお前の魅力もわかっている。なに、何も悲観することなどない。」  そういうと沼間は小さな瓶を取り出し、蓋を開けた。  中からココアのような香りが辺りに振り撒かれた。  俺はその匂いに少しだけ、ほっとしたような気がした。  どこかが心地よいのだ。  いや、心地よいという事実がむしろ軽い衝撃を受ける。  何故大嫌いな奴の部屋が心地の良い香りで満たされなくてはいけないんだ。 「こうして君が嫌なことがあるのなら少しでも解消して、少しでも私と共に研究をしていけるような環境作りができるとわかったからね……楽しみだな」  話の意図がわからないまま、俺は今こいつのことであれやこれや考える余裕がなかった。 「まぁどちらにしても、君が嘘だというのなら、今ここで君の髪の毛をもう一度いただいて再度調べて見てもいいんだよ。Order Police Corpsの方で結果が出ているからもう確実なのだがね。こちらとしても君がいる目の前で再度調べてから君への手続きをし直さなくてはならないしね」  その後俺が廊下に呆然自失なまま出ると、琉が壁にもたれかかって待っていた。  琉の元へ何故か駆け出して行きたくなる。  けれど俺の自尊心がそれをさせなかった。  俺はアルファだ……。誰にも寄りかかりたくはない。  俺は体の震えを彼に悟られないよう歩き出すと、琉は一定の距離を置いて俺の後をついてきた。  こういう時琉は何も言わないし、何もしない。  ただ、黙って俺に寄り添っている。その方が俺も助かる。  今ここで琉に何か言われたら俺は大声を上げて叫んでしまいそうになるからだ。
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