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 モニカが内容を読みあげた。 「”赤いたまご”の所有権のいっさいを放棄し、アメリカ合衆国政府に譲渡すること。それと、あの赤いたまごのことについては、今後百年のあいだ、けっして口にしないこと」モニカが着ぐるみのうさぎの耳もとに口を寄せてきた。「それを宣誓し、この書類にサインしてちょうだい」 「百年ものあいだって……?」 「死ぬまで口を閉じてろってことよ」モニカを見上げると、彼女は腕組みをして、まじめな顔をしていた。 「もし、これに違反すれば、あなたは連邦裁判所の手続きをすっ飛ばして、ショーシャンク刑務所に入ることになるわ」モニカが身を屈め、着ぐるみののぞき穴を覗きこんでくる。「あすこって、辛い場所なのよ」 「そんなこと……」 「ちゃんと約束を守ってくれるなら、そんなことにはならないわ」彼女の眉間が開く。「それに見返りもあるわよ。これからあんたは一生市税の免除をうけられる」  市税という言葉をきいて、ブランドンはスティルソン市長を思い浮かべた。思えば市税のことばっかり気にしている市長だったなあ。たしかに年ねん市税の納付額は、右肩下がりだった。そのおかげで、市の財政はひっ迫しちまっているし……。ブランドンは申し訳ないような気持になった。それなのに、遊び金欲しさに魔が差して、おれは市の金庫から金をちょろまかしてしまったんだなあ。 「それとここだけの話だけど」と、モニカが微笑んだ。「あんたがしでかした公金横領の件もちゃらにしてあげるわ」  ブランドンはぎくりとして、着ぐるみの顔をモニカにむけた。出っ歯のうさぎは、ブランドンの心境と同じく「どうしてそのことを知っているの!?」と驚いているような表情だった。 「市の発注したベース・パークの管理棟の建設工事で、業者から賄賂をうけとっていたでしょ」 「なぜ、それを知ってるの?」  モニカは目を細めて、口角のいっぽうを吊りあげる。「”ジャネット・メイソン”っていう、夫と二歳児の子供を持つ女と、<ラマダ・イン>のモーテルで、週に一回は不倫していることも知ってる」 「……まさか? そんな?」まさか? ほかにもなにか、知っているのか? まさか? なにもかも、知っているというのか? 「そう。そのまさかの、女子トイレの盗撮をしていることも、知っているんだから」モニカはけたけた笑いだす。そして、まじめな顔つきにかわる。非難するというよりも、興味津しんといったようすで訊いてきた。「そんな場所、覗き見しておもしろいの?」  ブランドンは恥ずかしさのあまり、顔じゅうが火照った。着ぐるみのなかなので、この女には知られていないが……いや、これも彼女にはお見通しなのだろうか? 「どうして、そんな個人的なことがわかるんだい?」 「サムおじさんを舐めないほうがいいわよ」と、モニカの声音は硬い。「合衆国政府は、あんたのことなんか、すべてお見通しなんだからね」(サムおじさん/アンクルサム。アメリカ合衆国政府を擬人化したもので、象徴する表現) 「それらすべてを合衆国政府は見逃してあげるわ。いい取引だとは思わない?」  取引というよりは脅迫のような感じだが。むろんアメリカ政府に盾突いたところで、一介の市役所職員には勝ち目はない。 「あと、ちょっとしたことなら、要望に応えられるかもしれないわ。十万ドルまでの車が欲しい、とか。郊外にちっこい家が欲しい、とか。豪遊したい、とか……だけど半年が限度ね。いちおう予算にもかぎりがあるから」腰に手を添えてモニカが迫る。「それでも大盤ぶる舞いよ。――さあ、書類に署名して」
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