猫は空に恋をする

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"かしゃん…" 鉄がぶつかる音が鳴る 「なんで…」 そう、つぶやく 空はどうしようも無く青い いかなきゃ、早く どうして...なんで... 早く、あと一歩、あと少し、君に 君に会うために、君に… 「っ…」 足元はあと一歩 そしたら、君に会えるはず でも、進めない そこに足場はないのだから でも、彼女に会えるなら、なにを捨ててでもって決めたはずで だから、ここに立ったのに なぜ逝けないのだろう 空が煩いぐらいに綺麗だ ☆ 「にゃぁ」 「ん?」 1匹の黒い猫が足元に擦り寄ってくる 「なんだ、お前」 そういいながら背を撫でる 「にゃぁ」 ひと鳴き 黄金の瞳が俺を見る 何かを見透かされそうな瞳 ふっと目線を逸らした 空を見る 眩しい青い空 白い月がぽっかり浮かんでいた ☆ 「……」 今日も逝けずにいる あと一歩、踏み出すだけのはずなのに 彼女が逝ったこの場所で俺も 彼女に会えると信じて、ただ会いたい一心で ぐっと足に力を入れる "かしゃんっ" 「うわっ」 「にゃぁ」 突然、昨日の黒い猫が柵の上に乗ってきた 「お前、また来たのか」 「にゃぁ?」 「なんでもない」 猫と会話とはおかしな話で でも、もうすぐ逝くともなれば 別に気にすることでもないはずで 俺は猫の喉下を撫でる ゴロゴロと喉を鳴らす黒い猫 「逝くなっていってるのか?」 "ぺろっ" 頬を舐められた すこし擽ったい でも、それは"そうだ''と言われてるようだ 「…まさかな」 そんな変な想像を否定する でも、今日は逝かないことにしよう 理由は、黒い猫を撫でることで忙しいから 空に少しだけ、雲が浮かんでいた ☆ "かしゃんっ" 小さな手足で小さな身体を身軽に柵を登る 黄金の瞳から見る景色は かなりミニチュアで かなり高い 空は眩しいくらいに星が瞬いて 三日月が無表情で佇んでいる 目を細める 暖かい風がきる このまま、身を乗り出して堕ちてしまおう… いや、そんなことが出来るのは猫じゃないだろう でも、猫は考える この退屈な日々を終わらせたいと ☆ 「また会ったな」 俺は柵の上に座る黒い猫を見る 「こんな所にいたら危ないだろう?」 そういいながら、猫を持ち上げ地面に下ろす 「にゃぁ」 「なんだよ?」 黒い猫は俺の足にスリスリ しっぽが足にまとわりつき、離さない 「お前、人懐っこいな」 俺は地面に腰を下ろす 胡座をかくと、黒い猫は足の中に入ってきた くるりと回り、そこにおさまる猫 ゴロゴロと音が聞こえる 図々しい猫である でも、悪い気はしない 「あんな所にいて、逝きたかったのか?」 「にゃぁ」 それは"YES"なのか? 「俺も逝きたいんだけどなぁ」 いや、猫になにを言ってるんだろう "ぺろっ" 黒い猫のひと舐め 「好きなんだ、彼女のこと…でも先に逝ちゃった」 なんとなく、この黒い猫は人間が言っていることが分かっている気がする 「にゃぁ」 黒い猫は、足の上で伸びをして、ぴょんっと地面に降りる トコトコ…! 柵の上に身軽に登った 「なんだ?」 俺も立ち上がり柵にもたれ掛かる 空には満月がまんまるに笑っている 「にゃ」 黒い猫は、短く鳴き俺を見つめてくる その、見透かされそうな黄金の瞳 何か言いたげな瞳 「…逝くなら、一緒に逝くか?」 「にゃ」 YES 「彼女に怒られるかな」 「にゃ?」 YES? 「もう少し、ここに居るか」 「にゃぁ!」 うん! 「お前、中身人間だろ」 「にゃぁ?」 柵の上で器用に身体をかく猫 はぐらかされたようだ 「そろそろ帰るかー」 柵から離れようとする 「にゃぁっ」 「!?」 黒い猫が、俺の肩に突然乗ってくる 「なんだ、お前もついてくるか?」 「にゃぁ」 まるで、"うん"と言っているようだ 「わがままな猫だなぁ、いーけど」 俺はにんまり笑う 今日も逝けなかった 理由、かわいい猫が家に来るから 「家に猫缶あったかなぁ」 空には半月が輝いていた ☆ 人の体温 フカフカのベッド 誰かが隣にいる朝 「おはよ」 「にゃぁ」 人の挨拶に応える "ぺろっ" 「ん、おはよう」 そういいながら、その人は起き上がる ぺたぺたと部屋を出る人を追いかける トコトコ… 「にゃぁ」 「お前はどこまでもついて来るなぁ」 当たり前だ ひとりぼっちは嫌い "ガサゴソ" 袋の音がする 「にゃぁっ」 "トスッ" 身をかがめてジャンプし棚に登る "くんくん" いい匂いだけど、俺の好きな匂いじゃないな… どうやら朝ごはんの時間らしい 「こーら、ここは猫の乗る場所じゃない」 むぅ 注意された…ならば、 「…肩にのるのね」 うん、ここが落ち着く 俺は頬に擦り寄る 「擽ったいぞ」 そんなのは、しらん 「座るから降りて」 「にゃぁ?」 ヤダ、爪を立ててやる 「痛いから…ほら、ここに座って」 人は胡座をかく 仕方ない、そこは居心地いいから降りてやる "トスッ" 「いい子だ」 「にゃ」 当たり前だ、俺は賢い猫だ 「食べ終わったら、出かける」 「にゃぁ」 俺も行くぞ 「…そういえばお前、メスだったんだな」 「にゃ??」 カーテンから白い月が覗いていた ☆ 高いところ、踏み出せない1歩 彼女に会いたい そんな確証もないことを夢を見る 分かってる、そんなことないって ただ、会いたい 空を見る 今日は酷い天気だ 太陽が照りて、眩しい ここを踏み出せば彼女に会える 逝きたい思い ただ、記憶のかすれる音がする 彼女が消える音がする それが酷く胸を痛める このままではいけない 分かっている 分かっていて、ここに来てしまう 忘れられない、忘れたくない 逝きたい、逝けない 月が消えはじめる ☆ 退屈だと思う日々 人を見つけた 色んな人を見てきたけれど、ソイツは希薄で今にも消えてしまいそうだった 人間の世界など知らないけれど、俺は猫の世界に飽きていた 逝きたかった それだけで、近づいてみた 知り合いの猫はいう 「人間に可愛がられるなど、野良猫の姿勢じゃない」 「俺は愛を知りたい」 「親に棄てられたからと言って、あの人間はいつか逝く」 「でも、可愛がってくれそうだ」 「オスを探せばいい」 「すぐ離れていく」 「それが猫の世界」 「なら、俺は人間になる」 「バカか?」 「無理だから、あの空ばかり見る人間にくっついてみようと思う」 「アレと一緒に逝くのか?お前、いつも逝きたいって」 「それでもいい。この世界とサラバ出来るのなら」 「変わり猫」 「褒め言葉、ありがと」 猫の世界は俺には退屈だった それに、俺には親も兄弟もいない 家族というものの温もりが分からない 1度でいい、愛されてみたい それが叶わないなら、逝ってやる すごく寂しいんだ ひとりでいい、この寒さを消してくれ 空の中にいる月を睨んでみた ☆ 「このまま逝くか」 「にゃぁ」 あと1歩 柵の上 1人と1匹でごちる したいことを言ってみるけど、足は重いまま 思いのまま進められたら、どんなにいいか 消えていく大きな存在 浮かび上がる小さな希望 隣の猫を見る 「にゃぁ?」 黄金の瞳をくりくりさせて首を傾げる黒い猫 「かわいいなぁ」 そのまま頭を撫でる 気持ちよさそうに瞳をつむる黒い猫 ゴロゴロと喉を鳴らす もし、あと一歩進めたら… 「にゃぁ!」 「なんだよ」 黒い猫は突然鳴く じっと見つめられる 「帰ろっか」 「にゃっ」 今日の理由は… いや、もうちょっと彼女は待ってくれるだろうか 1人で逝った彼女 俺を置いていった彼女 言いたいことは沢山ある でも、その前に 「お前、俺の死とめたろ?」 「にゃ?」 「しょーがねぇな、わがままに付き合ってやる」 「にゃ!」 黒い猫のしっぽが揺れる まとわりつくしっぽ 身軽にひょいと肩に乗る猫 いつか消えてしまう記憶 ただ、彼女の存在を忘れることはないから 夢が叶わないことも分かっている 俺が今は逝けないことも あと少し、もう少し ふっと1歩下がる 彼女が逝った場所から 月が消えかけて、笑った 「にゃぁ」 猫がひと鳴き もう、寂しくないよ 今日も生きて行く1人と1匹
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