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ハルトは父親の前だと、少しだけ大人しい。ハルトの性格は、この強烈な父親のせいなのかもしれない。
「なぜ泣いている?泣いている暇なんてないはずだ。そんな時間があるなら、その時間を練習にあてろ。お前が泣いている間に、どれだけ多くの人間が努力していると思っているんだ」
試合に負けて泣いていたハルトに向かって、父親が言った言葉だ。泣き虫だったハルトは、この頃からあまり涙を見せなくなった。ハルトの父親は、決してハルトをほめたりしない。県大会ベスト4が決まった試合も、もちろん見には来なかった。活躍したハルトを周りがちやほやする中でこの父親だけは、ここで負けて悔しいと思わないのならサッカーを辞めろ、とだけ言っていた。ハルトは、その日からベスト4の話をあまりしなくなった。
「あぁ、今日も負けたな」
練習試合は、完敗だった。これで3試合勝ちなしだ。ケイシは途中からではあるが、何度か練習試合に出場する機会が与えられていた。しかし、ポジションも定まらず、なんだか不安定な起用に留まっていた。それはダイチも同じで、新人戦はまた観客席なのかと不安になっていた。
「なぁ、これからどうする?」
「そうだな、腹減った。食べにいこうぜ」
負けた試合のことなど考えるよりも、ケイシはコロッケのことで頭が一杯だった。
「なぁ、ハルトもいかないか?」
ケイシの誘いに、ハルトは何も答えず、すぐにグランドを後にした。
「あいつ、どうしたの?」
「さぁ?ほら、行こうぜ」
ハルトはこの頃、少し様子が変だ。
「おじさん、コロッケ2つ」
コロッケ屋のおじさんは、顔色一つ変えることなく、無愛想なまま、すぐにコロッケを手渡した。
「なんだよ。急に冷たくなりやがって」
ケイシは、小声で呟いた。商店街では、サッカー部だということで声をかけてくる人も少なくなった。あの時の話題は、あっという間にケイシの前を駆け抜けていった。
「なんか、勝てる気が、全然しないんだけど」
ダイチがコロッケを頬張りながら言った。
「そうだなぁ」
試合は、初歩的なパスミスを何度も起こし、中盤で何度もボールを奪われ、劣勢になることが多くなった。高さを生かした攻撃も少なくなり、ハルトのゴールも見られなくなっていった。
「まぁ、俺らが目指すのは、まずはベンチ入りだな」
ダイチが言う通り、ベンチ入りさえ出来れば、それでいい。ケイシもなんだかそれでいいような気がしていた。
次の日、グラウンドにハルトの怒鳴り声が響いた。
「おい!どこ見て蹴ってるんだよ!」
「悪い」
後方から蹴られたボールは、コートを大きくそれて転がって行く。ハルトは、もう一度やり直せ、と怒鳴り散らしていた。しばらくすると、坂田が紅白戦を始めると言った。ケイシもダイチも、サブメンバーでゼッケンを渡される。
「やっぱり俺らは、こっちだよな」
「ほら、さっさとやるぞ」
ユウマは、不満そうな顔をするダイチの背中を軽く叩いて、真っ先に走って行った。ユウマは、まだハルトにポジションを奪われたままだが、最近ではポジションを変更しながらレギュラー組でプレーすることもあった。
「ユウマはいいなぁ」
ゼッケンを着ていないユウマを見て、ダイチが呟く。
「始め!」
坂田の声で、ゲームが始まった。ボールは、前線へと繋がる前に、パスが乱れて奪われていた。
「おい!ちゃんとしろよ!」
また、ハルトの怒鳴り声がした。周りの期待も少しずつ減っているように感じている。ハルトを応援する女子の数も、前より少し減ったような気がした。去年が良すぎたのよとか、まぐれだったんだろとか、応援の声はいつしか失望の声へと変わっていった。
「何やってるんだよ!」
ハルトは試合中以外でも、強い口調で怒鳴り散らすことが多くなっていた。
「なぁ、また負けたんだって?ハルトがいてなんで勝てないんだ?」
サッカー部ではない生徒は、どこかこの不調を喜んでいるようだった。ハルトのことを面白くないと思っているヤツは、結構いたんだということにケイシは驚いていた。ハルトはそんな声にも何も言わず、ただ口を紡いでいた。坂田も、いくら負けが続いても、黙って練習しろとしか言わない。
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