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8 最終話(※後半R18描写あり)
「可愛いね、これ肌マジで何も?すげぇ綺麗だ。」
「お世辞はいいよ…。笑ってももう怒らないからさ。」
肌を褒められて嬉しいのについ卑屈な言葉が出てしまって、依人は自分に呆れた。でも、褒め言葉を素直に受け止められる程、依人の自己肯定感は高くはないのだ。
久賀は目を伏せてしまった依人を見ながら、口を開いた。
「あのさ。あの時笑った事なんだけど…。」
「わかってるから良いよ、今更気にしない。」
引き続き持ち前の自己評価の低さを発揮して投げやりに言う依人の頬を、久賀は両手で挟む。
「聞いて。大人しく聞かないならこのままキスするぞ。」
「…ごめなしゃい…。」
「よし。」
久賀は依人の目を見ながらゆっくり話し始めた。
「あのさ。普通にどっちも同じ状態なら、別におかしくないから。。」
「…?」
「よりが気にして隠したいと思ってるのは顔の造作?」
依人は頷いた。聞くまでもないだろうにと思いながら。
久賀はそれを見て、やっぱりという表情をして再び話す。
「多分、そうなのかなと思った。で、それが俺が笑った理由だと思ってる?」
「…。」
こくり。
それを確認した久賀は、緩く首を振った。
「違うから。笑っちゃったのは悪かったけど、よりの素顔を笑ったってのは絶対違うから。」
「…え、うっそだあ…。じゃあ、何で?」
何で?と僅かに首を傾げた依人に、久賀はうぐぐと胸を押さえた。可愛い。成人男性がこんなにあざといなんて反則では?
でも今はとにかく、依人の誤解を解かねば。
「あの時さ、より、片目だけやけにきっちり仕上がってただろ?片方が妖艶な目なのに片方が手付かずで幼くて。」
言われてみれば、確かに片方仕上げた状態だった、と依人は思う。まあ、間抜けな状態だったのは否めない。
「確かに一瞬、騙されたと思った。俺は普段の大人っぽいよりしか見てなかったから、ほんとはそんなに幼いのかって思ったよ。
でも、その何もいじってない状態の目の素朴さ見たら、なんだか面白くなってきちゃって。」
「やっぱ面白がってたんじゃないか。」
今更怒らないと言ったけれど拗ねるくらいは良いだろう、と依人は少し唇を尖らせた。そんな仕草が似合う年齢ではないのは百も承知だけど、直に面白と言われてしまえば、やっぱりやるせない。しかし次の久賀の言葉で、それは直ぐに驚きの表情に変わった。
「そんで、今迄一生懸命俺に綺麗なとこだけ見せようって頑張ってたのかと思ったら、今度はいじらしくなってきちゃって。」
いじらしい。
あの状況で依人の事をいじらしいと、久賀は感じてくれたのか。隠していたのを頑張っていた、なんて。そんな風に評価してくれたのか。
「…変わり者過ぎじゃん。」
胸の中にはじわじわと嬉しさが込み上げてきているのに、唇からはそんな可愛げの無い言葉が漏れた。
(嬉しい…。)
「だから、我に返って謝らなきゃと思った時にはよりが居なくなってて、追いかけてみてもいなくて、連絡もつかなくなって、俺がどんだけ苦しかったか、分かる?」
久賀は一旦息を吐いて、また続ける。
「俺が悪いのに謝らせてもくれない。よりの家も教えてもらってない。会社も分からない。」
そうだった、と依人は思い出した。部屋にはメイクグッズや、それに付随する関連グッズや…まあ色々あって、それを人に見られたくなかった。女々しい奴だと思われたくなかった。秘密主義な気は無かったけれど、テリトリーに踏み込まれる事に躊躇いがあるのは否定できない。
久賀に対しても、直ぐに飽きられて離れて行かれる気がしていたのだ。だから、なかなか自分を解放出来なかった。だから何か聞かれても、はぐらかしてしまっていた覚えはある。
「バーを中間地点くらいって聞いてたから、主要な路線の駅を一つずつ張ってみたりしたよ。時間帯を変えてさ。でも、会えなくて。時間は無いし、卒業は危うくなるし、でも会いたくて。」
「…そこ迄してくれてたんだ?」
感動に似た気持ちを抱く反面、自分の素顔を見ていながら?と依人は不思議に思った。久賀は何故そこ迄して探してくれたんだろうか。自分には、特別何も無いのに。久賀のような天然イケメンなら、依人程度やそれ以上の相手は星の数程居るではないか。
「…何で、そこまで…。」
またつい、本音が漏れた。
久賀はその言葉に、少し呆れたように答える。
「何でって…好きだからに決まってるだろ。」
「好きって…。俺、こんなんだよ?」
ほんとに見えてる?と、顔を上げて真正面からじっと久賀の顔を見つめる依人の目に、久賀は少し狼狽えた。依人の両肩をゆるく掴んで赤くなった顔を背ける。
「…直視、やめて。可愛くて見てらんない。心臓爆発しそう。」
「うそだろ…は、まさかまさくん、もしかして視力…、」
「両眼1.5だから。」
ほんとにこの恋人は、と久賀は依人を抱きしめた。これなら視線は合わなくて済む。その代わり、互いの懐かしい香りを強く感じて、まるであの頃にトリップしたような気がした。
「あのさ。よりが自分の素顔をかなり酷いって思ってそうだけど、多分、自分で思い込み過ぎだと思うよ。」
「嘘…。」
抱きしめられたまま言われた言葉に、依人は頷けなかった。久賀は依人の苦悩も苦労も知らないからそんな事が言えるのだ。
「だって、俺はこれで散々笑われてきたんだ。笑わなくても、嫌な顔はされたし。」
苛立ちを含んだ声でそう言うと、少し考えるような間の後、久賀が答える。
「あのさ。人間にはそれぞれ、好みってもんがあるじゃん。」
「好み?」
「単純な話だよ。俺は、勿論よりの化粧された色っぽい目が好きだ。綺麗なよりが好きだ。でも、素顔になったよりも、いたいけで可愛いと思う。」
「え、えぇ…?」
確かに久賀が見ても、依人の目はかなり細い部類だとは思う。重い一重の瞼は二重矯正するとなるとなかなか大変かもしれない。でもだからこそ、あの魅惑のキャットラインが奇跡的なバランスで映えていたのかもしれない。それに、輪郭は整ってるし鼻は高くはないけれど低いという事もない。唇は男性にしては少しぷっくりとしているけれど、形は悪くないし色も綺麗だ。
実は輪郭が整っているのも眉の形も肌のシミひとつ無い清潔感も、何年もの努力により培われたものだが、それでも現段階で依人が手にしている成果だ。
それに久賀は元々、一重の目がタイプなので、そこは寧ろ好きだと言いたい。
いや言うべきだ、と久賀は思った。
「好きな人ならどっちも好きでも問題無くない?」
「え、あ…まあ、そうだけど…。」
「よりを振った野郎共は、単に好みが違ったって事だろ。ソイツらだって、別の相手にはタイプじゃないって振られてるかもしれないじゃん。」
「まあ、そうかもな?」
「よりは、俺の事、好き?タイプ?」
突然の話題転換に、依人は一瞬戸惑った。だが素直に頷いた。
「…うん、好きだよ。めっちゃタイプ。」
「良かった。俺も。ならさ、丸ごとタイプだってお互いに思える人が一生に一人居れば、他はどうでも良くね?」
言われて依人はハッとした。なるほど、そういう事か。そう繋がるのか。
そして言われてみれば、確かに…。
「よりはそんな俺に既に出会ったんだから、もう他の奴に言われた事を気にする事も、覚えとく必要も、無くね?だってもう俺と会ったんだし。」
「そう、だね。……ん?」
依人は納得しかけて、聞き捨てならない言葉に引っかかった。何だか雲行きが…。
「俺がよりを見つけたし、よりも俺が好きなんだからもう大丈夫だろ?もう余所見しないよな?」
「あ、うん…え?」
久賀は抱きしめたままの依人の頬に自分の頬を擦り付けながら言った。
言ってる事はわかるけど、何か急だぞ、と少し不穏な気持ちになる依人…。
「この肌、堪らない。するんとしてるのにサラッとしてて、なのに吸い付くみたいな…。」
「え、まさくん…?」
「余計な香りやベタつきが無くて、仄かに良い匂いがして…。」
頬に久賀の唇が押し付けられて、依人はびくっと肩を揺らした。首筋にも腰にも久賀の指の感触がする。
「……あっ。」
久賀の唇に耳朶を食まれて、依人は息を詰めた。
食まれた耳朶は久賀の唇と歯にやわやわと嬲られて、たちまち紅く染まった。
「…んぅ…っ、」
久賀の唇はゆっくりと首筋に移動し、今度は舌で薄く柔らかい皮膚から見える血管を舐め辿る。
薄く香料の味がするのは、以前から依人が愛用しているスプレータイプのコロンだろう。久賀も好きな香りだ。でも、依人の肌を味わうには、今は邪魔だ。
「綺麗、より、綺麗だね。可愛いね…。」
「や、…シャワーも…浴びてない、のに…。」
ほんの少しの愛撫で依人の体は、あの夜の久賀を思い出して溶けた。
「良い、その方が…。」
その方が、何?と問い返す余裕は、依人にはもう無い。どうやら久賀は、本当に素顔の依人にも興奮できるらしい。その事に安心した。
さて、久賀の言いかけた、その方が…。
露出していない部分の依人の汗も体臭も、全てが味わえるから、という久賀の頭の中は、知らぬが花というものだ。
何時の間にかネクタイを解かれ、はだけられたシャツの胸元から差し入れられた手のしなやかな指で小さな突起を摘まれながら、依人は頷く。
捏ねられた乳首は色付いて、白かった肌も上気する。
半年振りの他人からの愛撫。本来なら今夜は、麻宮に抱かれていたかもしれなかった。いや、素顔を晒していたら、手付かずでそのまま終電前に帰る事になっていたかもしれない。
それで、今頃は風呂にでも浸かりながら少しだけ泣いていたのかもしれない。自己嫌悪に浸りながら。
なのに依人は、今こんなにも熱烈に求められて、久賀の唇と指に与えられる刺激に喘いでいる。素顔なのに、こんなにも丁寧に、壊れ物を扱うかのような優しい手つきで抱かれている。
そのままの依人で良いと言われて、25歳になった夜を過ごしている。
本当に、まさかと思っている事が、まさかのタイミングで起こるのが人生なのだ。良い事も悪い事も、禍福は糾える縄の如し。
では、この久賀との思わぬ再会は…。
肩に抱えられた足が忙しなく揺れるのは、久賀が依人の中に激しく出入りしているせいだ。既に2回、イかされている。中にも1度射精されていて、抽挿の度に結合部からは粘着質な水音が絶え間ない。
パンパンパンッと激しく打ち付けられたと思えば、次には優しくゆるゆると抜き差しされる久賀のペニスは疲れを知らないようだ。
「一生、俺だけ居れば良いだろ?より。」
優しいのに纏わりつくようにねっとりと響く久賀の声に、もう依人は息も絶え絶えに頷く事しかできない。
もう、逃がさないからという言葉も、耳に届いているのかどうか…。
「俺、幸せだよ。」
夢現の依人を突きながら、久賀はその滑らかな頬を、愛しげにゆっくりと舐め上げた。
久賀が有名な化粧品会社の創業者一族の直系の跡取り息子で、周囲の女性達に煙たがられる程の肌フェチである事を依人が知るのは、もう少し先の話である。
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