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午前七時四十分。
インターホンが鳴るやいなや、玄関へと急ぐ女の子――高岡結愛。
背中には背負っているのか背負われているのかわからないくらい大きなピンクのランドセル。
その後ろを母の美智子が着いていく。
スニーカーを履き終えた結愛がドアを開けると、スーツ姿の青年が笑顔で立っていた。
「おはようございます」と美智子に挨拶するその青年は、マンションの隣人――伊藤康史だ。
康史は身を屈めてもう一度、今度は柔らかな笑顔で言った。
「おはよう、結愛」
結愛は弾けんばかりの笑顔で康史にぎゅっと抱きついた。
「康ちゃん、いつもごめんね」と美智子が言うと、「いえ、通り道なんで気にしないで下さい」と康史はにこやかな表情で返した。そして結愛の手をしっかりと握り「行ってきます」と美智子に挨拶すると、続いて結愛も「行ってきまーす!」と満面の笑みで言った。
マンションを出て二人は歩き出す。
「結愛? 昨日の給食の人参、ちゃんと食べれたかい?」
緩む口元を隠しながら、康史が意地悪な質問を投げ掛けた。
「もうっ! 結愛もう一年生だよ。人参だってピーマンだって食べれるもん!」
結愛は膨れっ面で答えた。
「そうだよなあー。結愛もう一年生だもんな」
言いながら、康史は目を細めた。
道行く老夫婦が、笑みを浮かべて二人の様子を眺めていた。
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