29人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
それから数日後、美智子が深刻な面持ちで結愛に言った。
「今日幸代さんから聞いたんだけど、康ちゃん転勤になるんだって」
「え……」
結愛はしばらく呆然とした。
康史は来月から大阪に転勤で、期間は五年間と聞かされた。
康史が出発する日、朝から結愛は部屋に籠った。どうにもならないことはわかっていたが、抵抗せずにはいられなかったのだ。
「結愛、出てきなさい! そんなことしてたら、康ちゃんが出発できなくて困っちゃうでしょ!」
美智子と春樹が説得しているところへ、康史がやってきた。
「結愛、出ておいで。もう行っちゃうよ」
すると、ドアが勢いよく開いた。
「やだやだやだーー!! 康ちゃん行っちゃやだぁぁ!!」
結愛は泣きながら康史の胸に飛び込んだ。
美智子と春樹は唖然とし、そして「さすが康ちゃん」と声を揃えて言った。
康史は結愛の頭を撫でながら宥めるように言った。
「結愛? 大阪から東京なんか車であっという間だよ。何かあったらすぐ飛んできてやるよ」
「本当に?」
「うん。本当だよ」
聞いて安心した結愛は「いってらっしゃい」としおらしい態度で康史を送り出した。
結愛が中学三年になる春のことだった。
最初のコメントを投稿しよう!