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「アンタ、私になにか隠してることあるでしょ?」
都内某所にあるマンションの一室。私はそこで、アイチューブの撮影見学をしていた。
「はっ?」
「はっ? じゃなくて。私になにか隠し事があるでしょって聞いてるの」
「なんだよ急に。別に隠し事なんてしてねえよ」
男女二人組のアイチューバー。いわゆるカップルアイチューバーと呼ばれるコンビで、私は以前まで彼ら二人のマネージャー兼、編集者を務めていた。
圭介と泰子。シンプルかつ、インパクトのあるこのコンビ名は、多くの時間を経て、私が考え出したものである。
「シラを切るのはやめなさい。今ならまだ許してあげるから」
「そんなこと言われても。なにかあったかなぁ……?」
相方に「なにか隠してることあるでしよ?」と聞いたら、なにもなくてもボロを出す説。
という、企画。
それは、一年ほど前に私が提案し、無碍なく却下された企画だった。
『こんなの面白くもなんともないじゃん』
あのときそう言い放った泰子の顔は、今でもよく覚えている。
それが今ごろになってなぜ? と思う意地悪な気持ちも確かにあるが、頭の隅ではその理由におおよその見当がついていた。
彼らは、(この2年間)健気にも毎日投稿を続けている。そろそろ、ネタが尽き始めたとしてもおかしくはなかった。
つまりは、そういうことなのだろう。
なにも思いつきそうにない圭介をよそに、泰子が多少苛立った様子で言葉を重ねる。
「だからぁ、いい加減にしないと本当に許してあげないよ? 最近なにかあったでしょ?」
「最近かぁ……。そして泰子が怒るようなことだろう? んーー、なにかあったかなあ?」
首をひねる圭介。泰子はチラチラと隠しカメラの位置を確認している。
「ドッキリをする時はカメラのことを忘れなさい」という私の言葉を、彼女はきっと覚えていない。
舌を打ちたくなる気持ちを、ぐっと抑える。
泰子のそんな性格をしっかり把握できていれば、今ごろこんなことにはなっていなかったのだ。
口は災いのもと、という諺が頭をよぎった。
「あっ! そういえば!」
圭介の声が室内に響き渡る。彼はもともと声が大きい。
「おっ、なになに?」
嬉しそうに相づちを打つ泰子。企画倒れにならないか不安だったのだろう。その表情は非常に晴れやかで、どこか子どものような無邪気さも感じさせた。
「いや、そんな大したことじゃないとは思うんだけど」
「うんうん」
「泰子が買ったプリン、俺勝手に食べた」
「はっ?」
「いや、はっ? じゃなくて。そのことで怒ってるんじゃないの?」
大きなため息をつく泰子と、ポカンとした顔つきの圭介。
ここは編集次第で面白くなる。自分だったらどう編集しようか。フォントを変えた字幕を入れても面白いかもしれない。
考えても無駄なことに、しばらくの間、私は頭のリソースを割いた。
割いてしまっていた。
やっぱり私はアイチューブが好きだったんだな、と今になってあらためて思う。
大切なことに気づくのは、いつもそれを失ってからだ。
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