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「確かにプリンなくなってたし、犯人がアンタだってわかって今かなりイラッとしたけど、そうじゃない! そんなんじゃなくて、もっと他にあるでしょ?」
泰子が、両手を上下に大きく降る。彼女の動作は少しずつ大袈裟になってきていた。
「んーー、他にかぁ……」
「そうよ! しっかり考えてみなさい!」
それは泰子の癖だった。
苛立ちが強くなるにつれ、身振り手振りが次第に大きくなっていくという癖。
彼女の神経質な性格から来ているであろう、ついついしてしまうある種の習慣。
おそらく泰子は、そのことにまったく気がついていない。
「んーー」
対して、圭介はいたってマイペースな性格をしていた。大きな身体に優しそうな顔つきは、アニメに出てくる、気の良いクマのようにも見える。
常識のないところも散見されるが、総じて彼は無害な人間だった。
圭介が怒っているところなど、私は一度たりとも見たことがない。
「それじゃあ、あれかな?」
「あれ?」
「そう、あれ」
「なによ、あれって」
「えっとね──」
理不尽に相方を問い詰める泰子と、愚にもつかない答えを返す圭介の応酬。気がつけばそれは何時間にもおよび、そろそろ隠しカメラの充電が気になりだす時間帯になっていた。
窓の外には、綺麗な夕日が広がっている。
なんら面白みのない数時間。それは、撮れ高のない無駄な時間ということに他ならなかった。
「アンタ、本当になにもないの?」
「だからそう言ってるじゃないか」
両者の顔にも疲れが見え始めていたころ。
「あっ」
「……なによ?」
圭介が何かを思いついたような、短い声をあげた。
「えっと、さ」
少しバツの悪そうな顔をした圭介が、頭をポリポリとかく。
右手の人差し指と中指の間からはみ出した、茶色い髪の毛。それらが、一定のリズムで左右に揺れる。
太めの眉毛が八の字に下がった様は、必要以上に可愛らしく、私は彼のそんな表情が大好きだった。
もちろんそれは、恋愛としてではない。
「なによ? 怒らないから早く言いなさいよ」
「うん。えっと、どう言おうかな……」
しばらくなにかを考えている様子の圭介だったが、やがて意を決したように顔をあげ、
「俺、彼女ができた」
ポツリとそう、つぶやいた。
「えっ?」「えっ?」
まさかのカミングアウトに、私と泰子の声が重なる。
いけない、と私は慌てて自分の口を抑えた。
「あれ? いまなにか聞こえなかったか?」圭介のそんな言葉を無視し、「ちょっ、ちょっと待って」と泰子が口早に言葉を紡いだ。
私は、ほっと胸を撫で下ろす。
「かっ、彼女っていつ? 私、そんなこと初めて聞いたんだけど」
「うん、そりゃそうだ。だって誰にも言ってないもん」
「そりゃそうだって……。まあ確かに、あまり言いふらすものでもないとは思うけど」
果たしてこれは、動画として流して良いものなのか? 泰子の表情から、彼女がそう考えているであろうことが容易に読み取れた。
「別に問題はないだろう?」
「確かにそうなんだけど……。うん、ちょっと待って」
中堅カップルアイチューバー、圭介と泰子。彼らはいわゆるビジネスカップルだった。
視聴者もそのことはわかって見ているため、(圭介の言うとおり)たとえ彼らのどちらかが別の恋人を作ったとしてもなんら問題はない。
しかしながら、カップルアイチューバーとして活動している以上、恋人同士でないことを公然とバラして良いものなのか。
それは、虚像と実像における匙加減という意味において、非常に難しい問題だった。
ここからどのような展開にしていくのか。仕掛け人である泰子の腕の見せどころ、である。
「だろう? 別に隠すつもりもなかったんだけど、なんとなく言い出すことができなくてさ。でもなんでそれでオマエが怒るんだ?」
「えっ? ああ、私が聞きたかったことはそれでもないんだけど……んーー、どうしようかな」
とりあえず話を膨らますべきか、それともドッキリだとバラすべきか。泰子の頭はきっと、フル回転しているに違いない。
「なんだよ、これでもなかったのか」
俯いて考え込む泰子を見下ろし、圭介が独り言のようなトーンで言葉を投げかける。「他にあるとしたらなんだろう?」つぶやく圭介。
彼のその言葉は、迷い子となっていた泰子にとって、まさに救いの一言だった。
「──そっ、そうよ、そんなんじゃない。いい加減、白状しなさいよ!」
話題の転換による、ドッキリの継続。
圭介の一言は泰子の選択権を一方的に、そして効果的に優しく奪い取った。
本人も気づかないうちのナイスプレー。知らぬ間になされた、息のあった連携。
ここから普通に話を続ければ、問題ない。そうだ、ドッキリを続けられるじゃないか。泰子はきっとそう考えているに違いない。
圭介の恋人発言などカットして、なかったことにすれば良いのだ。
少なくとも、私ならそうする。もちろん、泰子もそのつもりだろう。
「……そっか、それならひとつしかないな」
「なに? なにかあるなら早く言いなさいよ!」
覚悟を決めたような圭介の声音。
そして表情。
それらは先ほどのものとは打って変わって、明らかに種類の異なるものだった。
少し部屋の空気が変わった、ような気がした。
沈黙。
「なんで急に黙り込むのよ? 今なら許してあげるって言ってるんだから、とっとと話しちゃいなさいよ」
「……」
「ねえ、黙ってないで早く言いなさいよ」
「……俺さ」
口を開いた圭介が放った言葉は、ひどく衝撃的なものだった。
「俺、人を殺したんだよね」
「えっ?」「えっ?」
室内の温度が急激に下がった、ような気がした。
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