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「殺した……?」
小さくつぶやいた泰子の顔は、おびただしい数の見えない疑問符で溢れかえっていた。
対する圭介は深く俯いており、その表情を窺うことはひどく難しい。
「えっ、ちょっと待って。まったく意味がわからないんだけど? どういうこと?」
「……」
「ねえ」
「……」
「ねえってば!」
掴みかからんばかりの勢いで、圭介につめよる泰子。
危ない、逃げて! 私は心の中で強く念じる。
犠牲者は私一人だけでいい。
「ねえ、黙っててもわからないよ! 殺したってどういうこと!? ねえ!?」
圭介の襟もとを掴み、泰子が彼を前後に揺らす。圭介の首は、まるで糸の切れた操り人形のようだった。
ガクガクガク、そんな音が聞こえてきそうな気さえする。
「……小野さんがさ、この前から行方不明になってるだろう?」
ポツリと圭介が言葉を発した。
「──うっ、うん」
小野さん、とは私のことだった。
「なんで行方不明になったか、オマエ考えたことあるか?」
その声音は暗い。
「どういうこと?」と圭介の首もとから手を離し、不穏な空気を感じたのであろう泰子がおずおずと距離を開ける。
しかしながら、その顔に恐怖の類は見つからない。あるのは眉根を寄せた疑問の表情のみだった。
「どういうこと? じゃないよ。オマエもわかってるだろう? あんなに一生懸命で真面目だった小野さんが急に職場に来なくなったんだ。しかも今朝のニュース。そう、身元不明の死体が発見されたあのニュースだよ」
それ以上はもうやめて! 私は叫ぶ。
しかしながら、それは二人にはまったく届いていないようだった。声が届くときと届かないときがあるのは、いったいなぜだろう。
幽霊になって間もない私には、わからないことがまだ多かった。
「なんでそんな顔をしてるんだ? お前だって小野さんのことが大嫌いだったじゃないか。よく喧嘩もしてたみたいだし、いなくなってむしろ良かったぐらいだろう?」
小刻みに首を振る泰子の顔に、恐怖はいまだ浮かんでいない。
当たり前だ、私は心の中で独りごちる。
ただ、これ以上は本当に危ない。何とかしなければ。
焦りが募り、不安が高まる。
しかしながら今の私には、ただ成り行きを見守ることしかできなかった。
無力。
その二文字が頭に浮かぶ。
「まさかオマエにバレてるとは思ってもみなかったけど、仕方ないな。まぁ、一人殺そうが二人殺そうが大して変わらないだろう」
そう言って、泰子のもとへ近づく圭介。ゆっくりとした足どり。泰子はその場から動かない。動こうとしない。
なぜこんなことになったのか? 幽霊となった私は、ただ焦るだけで相変わらず無力だった。
圭介が泰子の前に立つ。彼女の首に圭介が手をかける。室内に漂う、異様な緊張感。
「……あのさ」
泰子がそう口を開いた瞬間。
「テッテレーー!!」
およそこの場に似つかわしくない、明るく大きな声が鳴り響いた。
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