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『逆ドッキリ、大成功ーー!』
パソコンの画面上に映る圭介の顔は、ひどく嬉しそうで、見方を変えればそれは馬鹿げた顔つきのようにも思えた。
さすがにやりすぎではないか? そんな気持ちも確かにあるが、それはそれで常識のなさが散見される圭介らしい逆ドッキリとも言えた。
普段ドッキリをかけられることが多い立場だからだろう。彼の態度は必要以上に大袈裟で、それ故、私にはどこかわざとらしくさえ感じられた。
隠しカメラを通してアップになった圭介の顔は、解析度がとても粗い。
時刻は深夜の三時。生前はすでに寝てしまっている時間だった。
『なーーに、ポカンとしてるんだよ!? へへッ、途中で隠しカメラの存在に気付いたから逆ドッキリをかけてやろうと考えたのさ』
編集を続ける泰子の表情は、こちらからでは確認することができない。しかしながら、その背中から彼女が安堵しているであろうことは容易に想像することができた。
カタカタカタ、キーボードを叩く音が室内にこだまする。
『いつもドッキリにかけられてる俺だからこそ、今回もドッキリだってすぐにわかったね。ふふふ。いい加減、隠しカメラの位置は変えたほうがいいぞ?』
なにも知らない圭介が泰子に語るその様は、まさに呑気の極み、とでも呼べるものであった。
そう。
『今度はオマエが黙り込んでどうするんだよ? ドッキリがうまくいかなくてガッカリしたかもしれないけど、今回ばかりは仕方ないだろう?』
圭介はなにも知らないのだ。
あのとき発した自身の発言が、どれほど不用意で軽率なものだったのか。
そして、どれだけ危険な状態にいたのか。
彼はなにひとつとしてわかっていない。気づいていない。
カタカタカタ。カタカタカタ。
だから助かった。
『おーーい、泰子ちゃーーん。顔が無表情のまま固まってんぞーー』
泰子に殺されずにすんだ。
『おーーい』
あのとき泰子はなにを言おうとしたのだろか。圭介の様子から、もしかしたら私を殺害したことに感づいてるのかもしれない、と泰子が考えたとしても無理はない。
いや、きっと彼女はそう考えていたのだろう。
目。
あのときの泰子は、私を殺したときと同じような目をしていた。
光のいっさいが見当たらない真っ黒な目。
感情の類すべてをどこかに置き忘れてきたかのような、ひどく無機質な目。
きっかけは、ごくごく些細な口論だった。
今後の展開をどうしていくか。その企画会議を二人で行っている最中の他愛ない口喧嘩。
お互いが真剣だった。私の忠告を守らないことが多い泰子だったが、それは単に私と彼女のアイチューバーに対するアプローチが異なっていただけで、お互い目指すゴールは同じものだった。
実際、寝る間を惜しんで企画を考えたり、編集作業に励むのは泰子のほうであり、私はその姿を度も見たことがある。
『だからそれじゃ駄目なんだってば』
『なによ! 小野さんはいつも口を出すだけじゃない。私たちの苦労なんてまったく考えてくれてない!』
よくある口喧嘩が本気の喧嘩になるまで時間はかからなかった。
細かいことは覚えていない。しかしながら、私が泰子を傷つける言葉を放ったのは確かだった。
感情の一切をどこかに置いてきたような表情になった彼女が、キッチンから持ってきた一振りの包丁。
『許さない』
そして、腹部に感じた激しい痛みと泰子の言葉。
それが、私の生きていたころの最期の記憶となった。
カタカタカタ。
先ほどから泰子の指は、一度も止まっていない。どうやら今日は調子が良いらしい。
幽霊になって、まだ間もないが、なんとなくわかってきたこともある。
例えばそう。
カタカタカタ。カタカタカタ。
憎い相手を呪い殺す方法、とか。
『許さない』
動画終盤に入っていた私のつぶやきは、泰子が叩くキーボードの音に虚しくかき消された。
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