許すんじゃない

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「母さんを許すんじゃない! 許されたらまたあんたを戦争に行かせてしまう!」  はっきりとした口調でした。それがその方の最期の言葉でした。  佐々木さんは穏やかに笑いながらその話をして一つ息を吐く。 「私ね、その時分かったの。人には何が何でも許してはいけないことがある。許されてはならないことがある。勝手に許してくれるなんて言った私はとても浅はかだった」  私は何を言えばいいか声に詰まる。ご家族も同じだ。この施設の利用者となって伝えなければと思ったのだろうか。 「……佐々木さんは、ご自身を許せませんか?」 「ええ。許せない。とてもとても許せない。想像力を欠いたことも辛さに気付けなかったことも。でもどこかで話さなきゃって思ってたから」  佐々木さんは、やはり穏やかな微笑みをたたえている。佐々木さんは、私の知らない話を沢山沢山知っている。多くの辛さも見てきたはずだ。 「やはり佐々木さんからは、まだまだ沢山のことを教わりたいです。これからもよろしくお願いします」 「お手柔らかにね。吉田さん、厳しそうだし」  蝉の声の聞こえる八月。私はそっと黙祷をする。見たこともない戦争を生き抜いた利用者さんの無念に想いを馳せて。  二度と同じことがありませんようにと願いを込めて。  八月という儚い季節を感じながら、祈る。 了
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