許すんじゃない

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許すんじゃない

 今日は緊張する。長年この施設に勤めていた大先輩が介護職員を辞めて利用者となる。高齢であるのもそうだが、なるべく家族に負担をかけたくないと自らの貯金を使って利用者となる。  いつも通りでいいと仰ってくれたが、緊張しないほうがおかしいだろう。介護職のいろはを教えてくれた方なのだから。 「あらあら。そんな怖い顔しないの」  佐々木さんは家族と一緒にこれから過ごす部屋に訪れた。私の顔を見るなりそう笑った。 「そんな怖い顔してました?」 「緊張丸見え。これからは私が言うことを聞く側なんだから。肩を楽にね」 「いえいえ。まだまだ教わることは沢山ありますので」 「あらあら。大ベテランの吉田さんがそんなことを言うの?」  確かに私も二十年は勤めているが佐々木さんの勤続年数は私の倍以上だ。 「佐々木さんには敵いませんので」 「私、そんなに怖くないわよ。私より強い人怖い人は沢山いたから」  しみじみ告げる佐々木さんをご家族は優しく見守っている。人生の幕はこの施設で閉じたいとよく話していたが、現実にするとは流石に思わなかった。ただ、いい機会かもとも思う私がいる。 「佐々木さんより強い人か。気になりますね。お話聞かせてください」 「傾聴の姿勢ができてるのね。そうね八月には毎年思い出す利用者さんがいるの。まだ平成のはじめの頃の利用者さんなんだけど……」  つい背筋が伸びる。仕事の先輩である前に人生の先輩だ。心して聞かねば。  私もご家族も佐々木さんの話に耳を傾けた。
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