第2話「顕現せし能力←スタートアップ・サービス」

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第2話「顕現せし能力←スタートアップ・サービス」

ブレイクを見送った後、ナギヤはイージス・ユートピアをプレイすることを支援してくれた人が店をやっている場所まで行くことにした。  座標は前に教えてもらったためわかっているが、行ってみると寂れた家屋が乱立しているゴーストタウンのようなフィールドだった。  こんなところに本当に『彼』がいるのかと不安になってきたナギヤだが、座標地点まで行くと苔で覆われた喫茶店が点在していた。  ドアの横には『ニック・ヘッジス』と刻まれた木製の看板が立てかけられており、それもまた悲愴感を漂わせている。  息を呑んでドアノブに手をかけると、後ろから声をかけられた。 「やあ。また会ったな」  振り返ると数分前に別れたはずのサムライ元いブレイクがおり、ナギヤに対して軽く微笑んでみせた。 「どうしてここが!?だって……」 「『ローストの店』だろ?君もあいつと知り合いか」  驚くナギヤをよそに木製のドアを開けた。  遅れぬようにブレイクの後についていったナギヤが見たものは、外見とは打って変わってお洒落なバーカウンターが設置してあり、テーブル席が3つほどある綺麗で心を落ち着かせる雰囲気を醸し出している内装をしていた。 「いるかい?爺さん」  おそらく『爺さん』とはローストのことだろう。  ナギヤも店内を見渡しているブレイクの陰からちょこんと顔を覗かせて見てみたが、それらしい人影はない。  留守かと思っていたら、バーカウンターの横にある階段から声がした。 「パパならいないわよ。あー、ちょっと待ってて」  聞こえたのは女の声だった。  声の主である女は何やら上で作業をしているらしく、しばらくしてから階段を下りてきてその姿を見せた。 「どーも久しぶり~。我が弟よ、元気にしてた?」  薄桃色の長い髪で、純白のメイド服に身を包んでいる明るそうな性格の女性がブレイクに手を振って微笑んだ。 「まあな。それより、相変わらず23の癖に痛い格好してんだな……」 「なにそれ?アンタの趣味に合わせてあげてるのよ?メイド服好きだって言ってたじゃん」 「それ昔の話だから。それに姉がコスプレしてても単に恥ずかしいだけだ」  ブレイクの辛辣なコメントに残念がっているメイド服の女性は、ようやくナギヤの存在に気づいたらしく声をかけた。 「あら、そっちは彼女さん?」 「『彼女』?この子は男だろ?」  キョトンとしているブレイクの陰にナギヤは隠れた。  女性のこちらを見抜くような瞳に気圧されそうになり、ナギヤは目を合わせることができなくなったからだ。 「あぁ、ごめんね。これ癖みたいなもんなのよ」  女性は近づいてナギヤに手を差し伸べた。 「私はミスト。この出来損ないヤンチャボーイのお姉さんよ」  敵意はないと感じたナギヤはミストの手を取り、彼女を眼を見た。  さっきまで両眼とも赤色だったが、今は左眼だけくすんだ灰色に変わっている。 「気づいた?これは『幻霧(げんむ)の瞳』っていう魔眼。詳細な能力はまた後で話すけど、魔眼使いには幻惑アビリティを打ち消す追加効果が付与されてるの。だからあなたの性別隠蔽スキルを見破れたわけだけど……」  ミストはナギヤから視線を変え、イジワルそうな表情でブレイクの顔を覗き込んだ。 「その様子じゃアンタは知らなかったみたいねぇ。まあ、アンタが女の子を連れてくるなんて不自然すぎるからおかしいとは思ってたけど」 「この子とはそこで偶然会っただけだ。〝会合の間〟で初めて会って、その後に迷い込んだ『ネガ』でノイズから助けてあげた経緯付きでな」  何気なく言ってのけたブレイクだが、それを聞いたミストの顔付きが変わった。 「裏世界で?だったら命拾いしたってことかしら。そこで助けられたことも、今ここに来たこともね」  店内の空気が一瞬にして変化し、軽いほのぼのとした雰囲気から重くシリアスなムードに切り替わった。 「アンタがいない間にクラン『レイド・ストリーム』の解析班と運営と協力して色々調べたのよ。あの異界で襲われたプレイヤーが生き残った場合、そのプレイヤーはネガに干渉しやすくなる体質へ変貌する。それが何を意図してのことなのかはわからないけど」 「やはりヤツが複数のプレイヤーを倒していることに関係しているのか……」  2人の中では順調に話が進んでいるが、ナギヤには何のことかわからなかった。あの色が反転した世界の話だとはなんとなく察知できたが、それ以上のことはてんで理解できない。  ナギヤはこの暗い雰囲気の中、勇気をだして話に割って入った。 「あ、あの……。それってさっきボクがいた世界のことですよね?」  振り絞って出したその言葉に対し、ミストはブレイクに目配せをした。  意図を理解したようにブレイクは頷き、それを見たミストは2階へと上がっていく。 「そういえばまだ君には説明してなかったな。君の言う通り、ネガっていうのはあの黒い人型モンスター ノイズのいるフィールドのことを指す。あれを見つけたのはほんの1ヶ月前でね。君のようにマップを散策していたら偶然発見したのさ」 「そのネガはイージス・ユートピアの仕様なんですか?それとも……」 「まだわからない。だが君も知っての通り、あの場所には異常な強さを持つモンスターがいる。更に正体不明の仮面の男もな。そして1番危惧しなければならないのは、ネガでノイズや仮面の男にやられること……」 「どうなるんです……?」  ブレイクは自身のプロフィール画面が載っている用紙を空中に出現させ、目の前の机の上で開いた。 「このイージス・ユートピアと他のVRゲームに関するセーブデータ及び、アカウントが全て手元から消える。もっと言えば仮面の男にアカウントが乗っ取られるというわけだ」 「それだけですか?」  その他愛ない言葉だけでブレイクはナギヤがVRゲーム初心者だと見抜いた。この世界のVRを少しでも嗜んでいる者ならば反応せずにはいられない状況だというのに、ナギヤは全くもって動揺していない。  こんな人間がまだいたとはと驚いている一方で、どこから説明しようかと頭の中で悩んでいた。 「VRゲーマーにとってはその『それだけ』のことが致命傷になる。今、この時代において現実世界とVR世界のどっちが本当の『リアル』かは判別しにくい。なにせ現実の暮らしと同等の生活ができるほどの精巧さと実用性を備えているほどだからな。それ故に現実世界を捨てて、バーチャルに新たな人生を見出す人間も少なくはない。いや、むしろ増えているか」  ブレイクにそう言われてナギヤは思い出した。  今、現実世界から離反してバーチャル世界に依存している人間が増加しており、世間では賛否両論の声が飛び交っているのだ。  時代に沿った在り方であると主張する賛成派がいる一方で、ただのゲーム依存であり醜い現実逃避に過ぎないと反論する反対派との対立。  それが現代の社会問題のひとつである。 「だからこそ注意しなければならない。ましてや、君のようにこれからイージス・ユートピアをプレイする人にとってはな。そこでひとつ提案がある。しばらくの間、俺が君に基本的な操作や情報を教授したいと思っているんだが、どうかな?」  ブレイクは微笑んで提案してくれたが、これは本心ではないだろう。  先程、ミストと2人で話していた『ネガで生き残ったプレイヤーはまた襲われる』という危険性を懸念しての発言なのだとナギヤには推測できたからだ。  だが同時に現実世界へ戻るという選択肢もなかった。様々な苦難と覚悟を乗り越えてイージス・ユートピアにきたのに、今更戻れるわけがない。 「わかりました。現実世界には帰りたくないし、いるならブレイクさんと一緒にいた方が安全ですから。それにローストさんだってそう言うでしょう」 「確かに爺さんなら言いかねない。──わかった。あとどうやら君は訳アリのようだけど、理由は聞かないでおく。爺さんと知り合いっつーなら相当なモンだろうからな。話したくもないだろ?」  ブレイクはナギヤの意味深な発言を気にもとめていなかった。  普通の人なら気になって質問をいくつかするだろうが、ブレイクにそんな野暮なことはせず、ボトルが並んでいる酒棚に手を触れていた。  すると酒棚が一瞬にして消滅し、代わりに地下へと続く階段が出現した。 「まずは君の力を見極めなければな。イージス・ユートピアはキャラメイク時に固有のスキルかアイテムが付与される。レアなやつもあれば、そうでもないのまで揃っているが、殆どはその人の性格とか嗜好をAIが分析して与えているから変なのは渡されない。君の場合は見たところ『スキル』のようだけど……」  階段を下っていくと、天井や壁などが全て白で塗装されている広間へと辿り着いた。物は何も置かれておらず、ただ純白の景色だけが広がっている。  そんな白亜の世界でブレイクは全身が銀色で塗り潰されたプラスチック製の人形を空間から出し、ナギヤの方へ振り向いた。 「剣を抜いて集中するんだ。そうすれば君のスキルが発動し、どんな能力かわかる。始めてくれ」  ナギヤは彼の言う通りに剣を鞘から引き抜いて両手で柄を持って構えた。  目を閉じて全神経を剣へと送り込ませるようなイメージを持ちながら立っていると、全身に暖かく優しい温もりが込み上げてきた。  目を開けると、ロングブレードの刀身を黄金のように光り輝くオーラが包み込んでおり、それを見ていたブレイクは目を丸くして驚いていた。 「凄い……!まさか君のスキルが魔装術(まそうじゅつ)だったとは!」  ブレイクは喜びを隠せずに笑みを浮かべているが、ナギヤにとってこの能力がどれほどの力を秘めているのか検討もつかない。  しかし、ひとつだけ確かなことがある。  自分はこれを必ず扱えるようになれるということ。証拠なんてものはなかったが、全身を包む温もりがそれを確証づけさせた。
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