2人が本棚に入れています
本棚に追加
第3話「貴方の過去とは?←まだまだ先のお話」
キャラメイクが完了し、アバターの作成が終了した時点で受け取ることができる『スタートアップ・サービス』で、『アタリ』を引くことができる確率は0.000002%くらいだと言われている。
ブレイクの姉 ミストが持つ『幻霧の瞳』さえ最高位のレアリティとは言えず、最もレア度の高いものは『ノットスタンダード』と呼称される規格外のスキルやアイテムのことを指す。
ゲームバランスが崩壊してしまう恐れのあるものだが、まず生でお披露目になる可能性はない。
現にサービス開始から5年もの間、イージス・ユートピアをプレイしているブレイクでも見たことは1回しかないからだ。
だからこそ想定外だったのだ。
数時間前にキャラメイクを終わらせたVRゲーム初心者の女の子が『ノットスタンダード』を起動させ、力を顕現させている光景が。
同じく動揺しているナギヤは手始めに用意してくれた人形をエネルギーが集約された剣で薙ぎ払おうとしたが、その前にエネルギーが消失したのか、ただのロングブレードに戻ってしまった。
「まだフルパワーを出すには能力値が足りないみたいだな」
「これなんなんです……?」
再発動させようと力を集中させるも、ナギヤの身体には何の力も込み上げてこない。不思議に思っているナギヤにブレイクは近づいて説明を始めた。
「こいつは『魔装術』っていうスキルだ。近接系の武器に魔法を纏わせ、高威力の攻撃を浴びせるって能力なんだが……。魔装術はかなりレア度の高いスキルでね。キャラメイク時に保有できる確率は0.000002%といわれている」
その圧倒的な数字に驚いたあまりにロングブレードを握っていた手が緩み、危うく落としかけるも咄嗟に掴んで胸を撫で下ろした。
「だからあんまり人前で見せない方がいい。そのスキルを欲しているプレイヤーは山ほどいるから、最悪の場合、事件にまで発展する危険性がある」
「そう……ですか……」
「といっても気にする必要はない。見せなきゃいい話だし、なにより今だとステータスが足りないから使えないしな」
ブレイクは不安そうなナギヤを意気消沈させないように笑うと、壁に向かって歩き始めた。
白いだけで何もない単なる壁をタップするとパスワード入力画面が表示され、同時に出現した透明なキーボードを使って素早く4桁のコードを入力した。
すると壁の一部が消滅し、クローゼットが乱立している空間が露わとなる。
「左側が魔術師向けで、右側が剣士向けの武装だ。好きに使ってくれ」
「で、でも……」
「これから俺たちは外に出る。そうなればネガに出会す可能性も高まるわけなんだが、今の君じゃ身を守ることさえ危うい状況だろう。
だからせめて外装のみでもトップクラスにしとけば一安心ってわけさ」
ブレイクは微笑んで説明を行った。
せっかくの気遣いを無駄にする訳にもいかないので、ナギヤはその提案を呑むことにした。
この身なりを自由に整えるのもMMORPGの醍醐味であり、ナギヤがしてみたかったことのひとつでもある。
クローゼットの中に収納されている無数の衣服や鎧の数々に目をときめかせ、水を得た魚のようにはしゃぎながら手に取った。
「ごゆっくり」
ブレイクはローブの内側から砂が密閉された瓶を取り出し、コルクを引き抜いて床にばらまいた。
次の瞬間、ただの砂だったものが徐々に形を成していき、ついには柔らかそうな赤色のソファが出来上がった。
それに座りナギヤの着替えを待っていたブレイクは、今日起きたことを手帳にまとめ始めた。
〝ひとまず彼女が魔装術を完全に会得できるようになれば俺の杞憂も消えるだろう。それと現実世界に帰りたくないというナギヤの強固たる意志を尊重してあげたいが、素性を知らなければどうにも……。でも話したくないようだし……〟
そんなことを考えていたら部屋からナギヤが出てきた。
腰まで届くほどの水色のマントを羽織り、ワイシャツのような白色の服に紺色のショートパンツを穿いている。
全身の外装を一式変えたようで、腰に差してある剣もロングブレードから鍔のない両刃の剣へと変わっていた。
あの重苦しい鎧は魔装術には不向きだから軽装備にしたのは正解だろうが、それよりも目を引くのは新調した両刃の剣の方だ。
「『エンブレス・ストライク』か……!魔装術と相性の良い優秀な武器だ」
所有者であるブレイクでさえ収納した箇所を覚えていない剣だが、列記としたレア装備だ。
それを数ある武装の中から探り当てたナギヤもかなりのものだが、既にエンブレス・ストライクに魔力を補充しようとしている姿にも驚かされる。
ナギヤは無意識だろうが黄金色の剣に雷属性の魔法をチャージしており、透明だった刃が一気に色濃くなった。
「それが魔装術の基本技だろう。自身の身体に駆け巡る魔力を現界させ、そのまま武器に移す。
恐らく今の君は手足を動かすような当然の感覚で起動させたんだろうが、本来はコントロールの難しい高度なスキルなんだ」
「『零式』って書いてあります。これなら今のボクでも使えそうです」
ブレイクの視界には見えていないが、ナギヤの眼には見えているのだろう。
その『零式』いうアビリティも初めて聞く代物で、何より魔装術なんて噂でしか聞いたことのない都市伝説レベルのスキルだが、ネットの攻略情報を渡り歩いた結果、概要だけは手に入れることができた。
従来ならば魔法を刀剣類へ移すことは高難度の業なのだが、魔装術を使えばそれが一瞬にして行えてしまう。
更に本来なら移すことのできない莫大な魔法でさえ、魔装術を介せば能力をそのままに引き継がせることができるのだ。
「エンブレス・ストライクには元々、魔法攻撃に特殊補正がついている。けどイージス・ユートピアで魔法物理攻撃なんて魔装術以外にほとんどない。大体のプレイヤーは産廃として売り払うことが多いが、君なら使いこなせるはずだ」
ブレイクがエンブレス・ストライクに目を向けると、それに応えるかのように光った。
スタートアップ・サービスのスキルや装備品は手に入れた瞬間から能力値やアビリティがMAXまで開放されている。
魔装術であろうとそれは例外ではないが、本人がそれに見合ったステータスを持たなければ発動はしても扱うことはできない。
まだナギヤの能力値では零式を発動するのが精一杯だろう。
「……これで以上だ。もう少し説明してあげたいが、そろそろ行かねばならない」
「どこへです?」
「このゲームにおいて、最も強大で権力のあるクラン『レイド・ストリーム』の拠点だ。
レイド・ストリームは1万人の構成員を誇る大型クランだ。
リーダーの名前はウォーレンという強面だが義理人情に厚い良いやつで、ナギヤと同じく『ノットスタンダード』を操ることのできる実力ともに申し分ない人物だ。
そんな怪物じみた人に会いに行く道中にて、ブレイクはナギヤから話を聞いていた。
「ボクがイージス・ユートピアを始めようと思ったのは、ほんの些細なことからなんです。4年前にゲストアバターでログインした時、今日みたいに絶対絶命の危機に陥ったことがありまして……」
思考が停止した。
まだ彼女は口から言葉を連ねているが、そんなこと気にも留めないくらい思考は散漫し、目を見開いて動かしていた足を止めてしまった。
その当時、イージス・ユートピアには悪名高き殺人プレイヤーがいた。
彼は幾人の声すら聞き入れず本能のまま剣を抜き、斬って嬲って屠り続けた。そんなプレイヤーはいつしか畏怖の対象として捉えられ、運営の対処も追いつかないまま心を荒ませていったのだ。
だがその時、彼は悪質プレイヤーに囲まれている女の子を見つけ、残っていた良心をかき集めて救出へと向かった──。
「周りの人は怖がっていましたけど、ボクにはその人が本当は『優しい人』なんだって思えたんです。この世界には自己評価すら気にせず誰かを助けてくれる『正義の味方』がいるんだって。だから聞こえていたかはわかりませんが、御礼を言ったんですけど……」
第三者の目線で聞かされてる感じがして我慢ならずに〝それは俺だ〟と言葉が喉元まで出かけたが、ナギヤの表情と瞳を見て察した。
ナギヤは気づいている。
服装と髪色は今と違って黒一色だったものの、基本的な姿形はあの時と同じだし、何よりそれだけ印象深かったのなら顔を忘れるはずがない。
「ずっと礼を言おうと思ってたんだ。あの言葉があったから俺は救われたし、今ここにいる。ありがとう、ナギヤ」
ブレイクが微笑むとナギヤが手を差し伸べてきた。
「それはボクの方もですよ。ブレイクさんのおかげでボクは自分を捨てないで済んだんです。だからその恩返しだと思って、一緒に戦わせてください。この世界を守るために」
「ああ。なら俺は……」
何の躊躇もなくその手を握ろうとしたブレイクだったが、何故か透明になったかのようにすり抜けてしまい触れることができない。
やがて声を上げる間もなくナギヤは空間に吸い込まれていき、跡形もなくその場から消えてしまった。
ナギヤが目を覚ましたのは理想郷から切り離された反転の世界だった。
もはや見ることすら嫌悪してしまうイビツで狂気を秘めた彩色に吐き気を覚えながらも、腰に携帯した剣の柄を握って辺りを警戒した。
ミストの言っていたことの真偽のほどはわからないが、共にいたはずのブレイクの姿が見えない。恐怖で心が裂かれそうな感覚に襲われるも、それを『魔装術』という強大な力への依存で耐えていく。
「またキミか──」
声につられて上を向くと、仮面をつけた男の子が塔の上で座ってこちらを見ていた。
「あなたはだれ?それとこの世界はなんなの?」
ナギヤは押し潰されそうな精神をグッと堪えて謎の存在に語りかけた。
「答えるつもりはない」
手から黒い粘液が滴り落ち、地面に落ちると人型を形成して表情のない漆黒の戦士が誕生した。
前回見た時とは違い、片腕が斧でもう一方がボウガンとなっており、必ず仕留めるという殺意を持って漆黒体 ノイズは血を蹴った。
「見せてくれ。人間の足掻く姿を──」
ノイズはまず斧でナギヤの首を裂くべく攻撃を開始した。
水平に打ち込まれる重厚な一撃を抜刀したエンブレス・ストライクで防ぎ、そのまま力を入れて弾いた。
大きく仰け反ったノイズに対し、ナギヤのエンブレス・ストライクによる鋭利で素早い横薙ぎが腹部に炸裂する。
ビギナーとは思えない動きに傍観していた仮面の男も興味深そうに観察しており、ダメージを負ってしまったノイズを間合いから下がらせた。
〝やれる……!〟
自身の力が通用している様を見て、ナギヤは初めてリアルの生活に感謝していた。
忌々しい習い事の教育課程に『剣術』がなければここで確実に敗北し、自分は2度と仮想空間への入場を許されなくなっていただろう。
そう考えると、現実世界の暮らしも決して無駄ではなかったといえる。
あの傲慢で私欲だけが跋扈し、金銭だけが取り柄のあの生活が──。
「想定外だ……。短期間でここまで強くなれるなんて、人間というのは本当にわからない……」
頭を悩ませている仮面の男は弱っているノイズに対して、黒い液体を数滴垂らした。
すると復活したように活力が増し、ナギヤに左腕に装着されているボウガンから矢を発射した。
高速で飛んでくる矢を理性ではなく本能からくる危機管理能力を駆使して避けたナギヤは、近くにあった石柱に身を隠して遠距離からの攻撃を凌ごうとする。
〝残されている手段はひとつだけ……。『魔装術』を使って、ここを突破するしか……!!〟
使いこなせる自信はないが、それでもやるしかない。
幸いにも仮面の男にはナギヤを確実に倒したいという意思がなく、まるでプレイヤーの能力を研究しているような素振りを見せているため、このノイズさえ退ければ希望はある。
ナギヤはエンブレス・ストライクの柄を両手で握り、意識を集中させて唯一のアビリティである『零式』を発動した。銀色だった刀身が眩いばかりの黄金となり、不安に押し潰されそうになっていた心が溶かされていく。
複数のヒビが入っている柱の耐久度を考慮して、一瞬だけ止んだ矢の攻撃の隙を見て飛び出した。
「──ッ!!」
決死の覚悟で地を蹴るナギヤの前に、ボウガンから放たれた3発の矢が風をかき分けて迫ってくる。
さすがに飛来物を剣で打ち落とすほどの力量をナギヤは持ち合わせてはいなかったが、魔力が充填された今のエンブレス・ストライクならそれも可能だ。
魔法による補正がかかって攻撃範囲が増しているエンブレス・ストライクを前方に振り、属性効果で発生した黄金の炎のエフェクトが矢を灰燼に帰した。
〝これで──!〟
本体への間合いに入ったナギヤはノイズの腹部に目掛けて剣先を走らせる。
しかし甘かった。エンブレス・ストライクを纏っていた魔力は先程のワザを出したために力を使い切ってしまったようで、命中する寸前で『零式』は解除された。
威力と速度が落ちたエンブレス・ストライクは届くはずもなくノイズに避けられてしまい、逆にその隙を狙われてボウガンから形を変えた手で口元を掴まれてしまった。
「がッ……!」
まだ残っている力を振り絞って柄を握るが、それに気づいたノイズによって剣を取られて放り投げられた。
妖しく光る斧の刃が眼前に映り、首を切断するため勢いをつけて漆黒の一撃が襲いかかってくる。
「──ッ!?」
結末は一瞬だった。
ナギヤの細い首に斧が到達する寸前に銀色の閃光を纏ったブレイクがノイズの胴体を貫き、そのままナギヤを担いで塔の上にいる仮面の男を睨みつけた。
無意味な会話などはせず、手の内に隠していた小型のリモコンらしき道具を片手で操作してテレポートの準備をした。
「転移開始。Aの501ポイント──」
気がつくとナギヤはレイド・ストリームの拠点へ向かっていたあの道へ戻っていた。
瞬間的なことでよくわからなかったが、ブレイクが助けてくれたことだけは覚えていた。
傍らで目覚めを待っていたであろうブレイクが微笑み、ナギヤに向けて手を掲げた。
すると戦闘によって負っていた傷が治っていき、HPバーも上限まで伸びていた。
「その体じゃポーションを飲むことすらキツいはずだ。状態から見るに、俺の治癒魔法でも十分に回復するだろう」
立ち上がれるようになったナギヤは腰を上げながら感謝の意を伝えた。
「ありがとう……ございます……」
自分ひとりでも何とかなると思っていた自惚れと、何の気概なしに助けてくれたブレイクへの申し訳なさが混じりあって照れ臭くなり、顔を伏せた。
「あんまり気負いしないでくれ。俺が駆けつけるまで無事だったということは、それほどの実力があったって証拠だ。むしろ称えるべきだよ」
取り繕ったような慌ただしさはなく、当然だと言わんばかりに肯定の意思を告げたブレイクは先程のリモコンをナギヤに手渡した。
「反省するならむしろ俺の方だよ。これを君にあげていればネガに行っても、ノイズに襲われる危険はなかっただろう」
「これは……?」
「レイド・ストリームの技術班が開発した特別製の転移装置だ。俺の持つ親機に反応して転移できて、一般販売されている転移アイテムが使えないネガ世界でも問題なく機能する。さっきは親機をここに置いて使ったんだけど、本当にごめん……」
「い、いえ!気にしないでください!ボクもこうやって生きてますし!」
ナギヤは笑っているが、ブレイクにとっては一生の不覚だった。
過信していたといえばそうだろう。
あの時、ナギヤの言動のおかげで心が和らぎ、一瞬だけ気持ちが緩んだせいでこのような結果を作ってしまった。
運良く消えゆく裂け目の穴を利用して飛び込んで行けたからよかったものの、そうでなければナギヤはこの仮想世界から永久に消滅していたはずだ。
ナギヤが悪いわけではない。悪いのは仮面の男やノイズ共に隙を与えてしまった自分の精神だ。
「それより教えてください。ボクが消える前、なにか言おうとしてましたよね?」
さっきの失態があったせいで言葉が詰まるブレイクだったが、ナギヤの無邪気な瞳から逃れられるわけはなく、思い切って口に出した。
「俺が必ず守ってやるって言いたかった。当たり前のことかもしれないけど、俺にできる恩返しはこれくらいだから。たとえどんな状況でも助けに行くし、どこにいようとも君のことを救いに行く。──これじゃ、ダメか?」
今度はブレイクが顔を俯かせ、ナギヤに気恥しいセリフを言い切った。
断られでもしたらどうしようという不安が押し寄せる中、チラッと彼女の方を見た。その瞳に映る無邪気さは変わっておらず、駆け寄ってブレイクの右手を両手で掴んだ。
「お願いしますっ!ブレイクさん!」
ナギヤの見せた笑顔が、残留していた不安をかき消した。
この儚げで可愛らしい唯一無二の存在を守る為ならば、命すら差し出して構わない。
彼女の抱える複雑な事情を一時でも忘れて、その笑顔を見せてくれるならば、幾千の剣と矢が振り注ごうともナギヤの矛となり盾となろう。
そう思いながら、彼女の手を握り返した。
最初のコメントを投稿しよう!