第4話「古巣へようこそ←門前払いかよ」

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第4話「古巣へようこそ←門前払いかよ」

『レイド・ストリーム』  イージス・ユートピアがサービス開始をしてから初めて設立されたクランだといわれており、そのメンバー数は1万人を超えている。  最大規模のクランであり、リーダーのウォーレンはイージス・ユートピア内で最強の称号を欲しいがままにしているトッププレイヤーでもある。  そんな大型クランの拠点の前にナギヤは立ち、異世界転生でもしない限り見ることはないと思っていた中世ヨーロッパ風の古城の風貌に圧巻されていた。 「やあ。そこの御両人、ウォーレンいるかい?」 「何者だ?貴様。依頼ならば首都『エルフォース』で承っている。一般人はすぐに立ち去れ」  拠点を警備している騎士は身軀をピクリとも動かさずに返答する。  甲冑を身にまとっていて顔は見えないが、物怖じするほどの威圧を放っていた。しかし、ブレイクの姿格好を見て噂の『サムライ』だとわかると、若干だが声を荒らげて叫んだ。 「貴様、もしや例のサムライか……!?なぜここに来た!!」  剣を抜くべく身構える騎士にブレイクは平常心を保って説明を開始した。 「レイド・ストリームのリーダー、ウォーレンに用があるだけだ。別に何かしようってわけじゃない。それに『元』クランメンバーなんだから、謁見くらいはさせてもらえるだろ?」 「そんな出任せを……!!」 「待て!」  感情に振り回されて攻撃に入ろうとした騎士を、城から出てきた何者かが止めた。 「ラスター隊長!」  地面に届くほどの長さを誇る黒のローブと紫色のロングヘアーで、右目を前髪で隠している目付きの鋭い男 ラスターが騎士達を下がらせ、代わりに自分が前に出た。 「誰かと思えば貴様か。裏切り者のブレイクさん」  ラスターの第一声はそれだった。  明らかにブレイクを敵視しているであろう声色と冷めた表情で見つめているラスターは、彼の差している刀を見て苦笑した。 「ラスター『隊長』か。随分と偉くなったもんだな、お前も」 「黙れサムライ。貴様に言われる筋合いはない。それと生憎だがリーダーは不在だ。貴様と違って現実世界での業務で忙しい身だからな」  まるで仇のように敵意を散らしながら話すラスターに、ブレイクは目を合わせることができずにいた。  ──当たり前か。自分から信頼をぶち壊したんだから。 「だが、明日の午後にログインする予定になっている。裏切り者とはいえ、かつての恩と義理から会わせてやらないこともない」  思ってもみない言葉にブレイクは「ありが……!」と反射的に声を出したが、言い終わる前にラスターの声によって上書きされた。 「ただし条件がある。俺と戦い、そして勝ってみせろ。そうすればリーダーと会うことを許可する」  既に武器である紫色の杖を用意しているラスターは、一瞬だけ自分の右肩を見たブレイクの挙動を見逃さなかった。 「安心しろ。たとえ負傷していても、俺は手加減などしない」  今まで静観していたナギヤはラスターの発言に驚いてブレイクの顔を見る。  すると図星だと言わんばかりに下唇を噛んでおり、目を泳がせていた。 「……わかった。受けてや……!」 「──ボクがやります」  突然割り込んできた第三者にこの場にいる全員が彼女を注視した。  一時の沈黙が流れた後、予想外の展開に目を丸くしているブレイクを他所にラスターが話を進めた。 「サムライの連れか?誰でも構わないが、見合った実力を持っているんだろうな?」 「甘く見ないで下さい!ボクの持ってるスキルは──!!」  咄嗟にブレイクがナギヤを自分の方へ引き寄せて口を手で塞いだ。 「大丈夫だ!ナギヤが適正だって保証は俺がする!時間はいつだ……!?」 「明日の朝10時。場所は第2修練場だ。遅れずに来い」  吐き捨てるように言い残し、ラスターはひとりで城の中へ戻って行った。  エルフォース。  レイド・ストリームの拠点の近くにある都市で、イージス・ユートピアにおいては最も大きく繁栄している街でもある。  先程、話にもでてきたレイド・ストリームの受付窓口がある他、レストランやホテル、果てにはショッピングモールもある観光都市として有名で、かつてブレイクが参加したPvP世界大会が行われたのもこの地である。  そんな大都会の一角にある簡素な寝床と喫茶店を兼ね備えた小規模の安宿にブレイクとナギヤは入り浸っていた。 「まさか代わりに引き受けてくれるとは思ってもみなかった。ありがとう」 「だってその傷、ボクを助けた時にできたものですよね?だったらやるのは当然です!」  随分と逞しくなったものだとブレイクは思った。  まだ幾日も経っていないこの短時間でナギヤが成長しているのはブレイクにも感じ取れたし、何より楽しそうな表情が見てて微笑ましい。 「で、でも大丈夫でしょうか?ボクが負けたらブレイクさんはクランリーダーの人に会えないんですよね?勢いで言っちゃいましたけど、まだログインして1日も経ってませんし……」 「やれるさ。なにせノイズと渡り合ったほどの実力を君は秘めてる。利き腕を負傷してて満足に戦えない俺より、君が戦ってくれた方が勝率は高い」  ブレイクは異存などないような表情でテーブルの上に用意された輪切りのチーズバタールを摘み、横にあるビーフシチューのスープに漬けて口に放り込んだ。 「それと嫌われまくってましたけど、アレって……」 「気にしないでくれ。自業自得だ。……それより早く食べた方がいいぞ。長時間放置しておくとNPCが食べ終わったものだと誤認識して回収にくる」  そう告げると、ナギヤは急いでブレイクが注文したものと同じビーフシチューのセットを食べ始めた。  2階にある部屋の内装はブレイクのお気に入りだった。  現実世界にあるホテルのような内装ではなく、中世の雰囲気が残る簡素的な内装であることが理由のひとつである。  それに加えて設置されている家具はクローゼットとベッド、個室トイレに洗面台、それと小さなスタンドライトが置かれたサイドテーブルだけで、夜を過ごすなら申し分ないほどの充実さを備えている。  値段も1泊5000ゼネル程度なのでビギナーのうちは重宝する宿屋であり、今のブレイクのように緊急を要するプレイヤーにもよく利用される利便性の高い宿泊施設である。  しかしひとつだけいつもと違う点がある。それは、女性と2人きりで部屋に泊まるということであった。 「本当に悪いと思ってる。ごめん……!」  ブレイクは苦笑いをしているナギヤに向けて頭を下げた。  ネガから狙われる心配を考慮するため同じ部屋に泊まることが最善の策なのだろうが、女性に対する免疫力があまりないブレイクにはかなりの覚悟が必要だった。 「別に気にしてませんよ。ブレイクさんのこと信用してますし」  ナギヤは建前ではなく、本気でブレイクを信頼しているかのような口ぶりで言った。  ひとまずこれで本人の許可は得られたものの、それでもブレイクにとって正念場であることは変わりなかった。  ナギヤ個人は気づいていないだろうが、初期の頃に発動していた性別偽装スキルはいつの間にか剥がれている。  恐らく姉のミストの魔眼で見破られ、そのせいで効力を失ったからだろう。 だからこそまずい。性別偽装スキルが失くなった『女』としてのナギヤは異常なまでに可愛らしく、他者の目を引きつける。  それはブレイクとて例外ではなく、そんな周囲の男を焚き付ける美貌を持つ女と一夜を共にして無事に本能を抑えきれるだろうか。 「じ、じゃあ行くか……!」  まるでロボットのようなぎこちない足取りで部屋を目指すブレイクにナギヤは後ろからついて行った。  そしてブレイクの視界から外れると、先程まで体裁を保っていた表情が崩れて困惑の色を浮かべるようになった。  気にしてないだとか言ってのけたが、男性と共に過ごしたことがないナギヤにとっても一世一代の大勝負だったのだ。  そう。ナギヤ自身も男性に対する免疫力がなかったのである。 「ブレイクさん。『魔装術(まそうじゅつ)』であの人と戦えますかね?」  ナギヤは気を逸らすべく話を持ち出した。  目的地である部屋の前には既に到着しており、ブレイクはドアノブに手をかけて扉を開けていた。  予想通りのクラシックな内装が目に映る。 「あ……ああ。たぶんやれる。でも保険にアビリティをひとつ覚えておいたほうがいいかもしれない」  ブレイクも同様のことを考えていたようで、ナギヤの持ち掛けた話題に乗ることにした。 「アビリティですか……?」  度々、会話に上がっていた名称を今更かのように質問した。 「魔装術でいう『零式』のような技のことだ。こっちに来る道中でMOBを何体か倒して魔装術の熟練度を上げたけど、それでも使用回数は2回が限界だろう。しかも持続時間が3分と短い。だから魔装術以外のアビリティが必要になると思ったんだ」  盲点だった。  ブレイクがそう提案してくれるまでナギヤは他の技を会得するなんて考えたことすらなかったからだ  てっきり魔装術だけでいけると思っていたし、何より魔装術のレベルを上げるために総力を集中していたせいでもある。 「でも、試合って明日ですよね?一晩で覚えられるアビリティなんてあるんですか……?」 「普通なら無理だが、ナギヤならやれる。今日の夕方に戦ったノイズとの戦闘を考察するに、君は平均よりもフルダイブに対する適性が高い。それにノットスタンダードである魔装術をプレイ開始した当日に使いこなしている。これだけの条件が揃えば、高難易度のアビリティでもない限りは習得できるはずだよ」  ナギヤは不安を一蹴してくれたブレイクの推察に安堵の表情を浮かべた。  しかし今の彼女にはそんな推察よりも、ブレイクが自分のことを見てくれていることに対して喜悦を感じていた。  ウォーレンと会合するための手段としてアドバイスしたのかもしれないが、ナギヤにとっては初めての経験でもあったからだ。  更に浪費してきた人生の中で、ナギヤは一度たりとも『自分』という個人を見て評価してくれる人間はいなかったことも起因している。 「そうだな……。このアビリティなんていいんじゃないか?形成を逆転するならもってこいの技だ」  ブレイクは本棚に都合よく挿さっていた『アビリティブック・総集編』を引き抜き、そこに載っていた魔法を指さした。  それからナギヤはその魔法を習得するために鍛錬を重ね、疲労を感じたら本棚に貯蔵されている本を読み漁って体を休ませることを繰り返し、ついに会得することに成功する。  その達成感からナギヤはすぐに眠りにつき、瞬く間に朝を迎えた──。
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