第5話「PvP戦開幕←彼のため」

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第5話「PvP戦開幕←彼のため」

 ナギヤは目を覚ました。 時計を見ると朝の4時であり、確かアビリティを会得した時間が深夜の1時だったから3時間しか寝ていない。  恐らく緊張しているせいで深い眠りにつけないのだろう。もう一度寝ようとしても全く眠くなく、何もすることがないので転移装置を握りしめて一歩外に出た。  肌に突き刺さるような風の冷たさと、鼻から伝わってくる早朝独特の新鮮な空気が脳を活性化させていく。そんな感傷に浸っていると、ナギヤの瞳に想定外のモノが映りこんだ。 「あ──」  オオカミだ。  毛が全て黒で統一されているほど漆黒に包まれている。それ以外の色といえば妖しく光って此方を見つめる深紅の眼光だけであり、そんなオオカミかさえ疑わしい非現実的な現象がナギヤに歩み寄ってきた。  反射的に腰に携帯しているエンブレス・ストライクの柄を握って臨戦態勢を取るが、オオカミの進行は何処からか発せられた声で中断する。 「待てシェガー。その子じゃない」  声の主は屋根の上にいた。  フードを被っているせいで顔は見えないが、黒のクロークとショートパンツを身につけていることはわかった。  オオカミを何気ない静止で宥めたその人物は茶色だった瞳を赤に変えると、先程まで現界していたオオカミの姿を消失させた。 「ごめん。ブレイクによろしく言っといてくれ」  オオカミの主は不可解な言葉を残して屋根伝いに飛んで消えた。  一瞬の出来事に呆気にとられていたナギヤは宿屋に戻り、部屋に入ると起床していたブレイクが着替えて待っていた。 「外に出ることはあまり推奨したくないが、まあ仕方ない」  怒られるものかとヒヤヒヤしていた内心とは裏腹に、優しい笑顔で出迎えてくれたブレイクの表情にナギヤはホッとした。 「あっ、そういえばさっき変な人に会いましたよ。黒いオオカミを連れたフードの……」 「ライリキス・ヘブンズ・サーフィースト」 「えっ?」  ブレイクは話の全貌を聞き終える前に口を挟んだ。 「個人的に付き合いのあるヤツだよ。たぶん、俺がログインしたから様子を見に来たんだろうな。──なんだ?そのオオカミに喰われそうになったか?」 「あっ、いえ」  ナギヤは防衛のため剣に手をかけてしまったことを後悔していた。  なんとか誤魔化そうと苦笑いするも、ブレイクは勘づいているように微笑んで話を続けた。 「ちなみにあれはオオカミじゃなくて『ヘルハウンド』っていう幻獣クラスのモンスターだ。あいつは『シェガー』と呼んでいるが、普通のプレイヤーならヘルハウンドなんて使い魔にできないだろうな。全くもってスゴいやつだよ」 「『使い魔』──?」 「魔眼って覚えてるか?それの一種で『ファミリアの眼』という相当高いレアリティを誇るスタートアップ・サービスを使うとモンスターを使い魔にして仲間にできるんだ。詳しいことは試合が終わった後にでも本人に直接聞くといい。どうせ俺を追って来るだろうし」  ブレイクはテーブルに置いていた部屋の鍵を取り、立てかけている刀を掴んで立ち上がった。 「そろそろ行こう。時間に遅れたら、それこそ目も当てられない」  レイド・ストリームの拠点には昨日とは比べ物にならないほどのプレイヤーが集まっていた。  これが大型クランの本来の姿なのだろうが、まるで何かのイベントがあるかのような大所帯にナギヤは挙動不審になりかけていた。 「す、凄い人ですね……」 「日中はいつもこんなもんさ」  ナギヤは迷わないように先頭を歩くブレイクのローブの裾を掴んだ。  第2修練場に向かう最中、ナギヤの容姿は幾人の目を引き、そのせいで恐怖心に苛まれたナギヤはいつの間にか掴んでいたものが裾からブレイクの右手に変わっていた。  一方のブレイクも困惑しているかと思いきや、その小さな手を離さないようにしっかりと握っており、ナギヤの精神状態を良好に保たせるために会話を続けていた。 「──ひとつ忠告しておきたい。君は頭に血が上ったり、興奮状態になるとつい思い切った行動をしてしまうクセが見受けられる。それ以外の欠点はあまりないようだし、だからチャンスだと思っても無闇に突っ込まず、状況を整理してから攻撃を仕掛けた方がいいな」  ブレイクはナギヤの今までの言動を分析して的確なアドバイスを施した。  ナギヤ自身もそれは自覚していた。しかし直さなければならないとわかっていながらも、染み付いたクセは中々取れるものではない。  この試合で、キッカケを見つけることができればいいのだが──。 「と言っても、考えすぎて何もしないヤツよりかはマシさ。あんまり真に受けないでくれ」  若干、うつむき加減のナギヤをフォローすべくブレイクは最後にそう付け足した。  そして歩いているうちに修練場の前まで到着し、扉の前にいる試合の件を知っているのであろうプレイヤーがブレイクを見てスライド式の扉を開けた。 「待っていたぞ」  コンクリートとトタンで構成された修練場には既にラスターがおり、ローブと杖という装備一式を整えてブレイクに言った。  冷淡な視線を向けてくるラスターの他に、観戦に来た数人のクランメンバーからも同じような気配を感じた。  もはや親しみすら覚える冷たさにブレイクは苦笑し、傍らにいたナギヤがラスターのいる戦いのステージへ歩を進める。 「ルールを教える。決着はどちらかが倒れるまで。武装・スキルは何を使おうと構わないが、外部による干渉は一切認めないものとする。もしこれが破られた場合、リーダーに会わせるという約束はなしだ。──いいか?」 「そもそも俺に選択の余地なんてないだろ?ナギヤはどうだ?」  尋ねられたナギヤは静かに頷き、真剣な顔持ちで剣の柄を握った。  了解を得たと認識したラスターはステージ上に設置されているモニター付きのコンピュータ機器を操作し、外構に干渉防止のシールドを展開させる。 「悪いが手は抜かない」 「別にいいですよ。だってボクはブレイクさんの代理ですから、手加減される道理なんてありません」  気の強い言い方をしたナギヤだが、真の意図は自身に対して発破をかけることにあった。 周囲の威圧が自身の胸を締め付け、ネガ世界でノイズと戦う時と同等の心境がナギヤを襲っていたからだ。  それでも一番の支えになっていたのは後ろで見守ってくれているブレイクの存在だった。頼もしくてカッコいい憧れの人が見ていてくれれば、自分はどんな状況でも立ち向かっていくことができる。  たとえそれが、死と隣り合わせの戦場だとしても──。 「このコインが床に落ちた瞬間、戦闘開始とする」  ラスターは指先に金貨を乗せ、一瞬の沈黙の後に弾くと金貨は空を舞い、回転しながら地表へと落下して開戦の狼煙を上げる。 「──ッ!」  先に動いたのはナギヤだった。  全力を以って地を蹴り、エンブレス・ストライクの刀身を引き抜いて胴体を斬るべく薙いだ。 「単純すぎる」  ラスターの目の前に西洋騎士風の格好をした骸の戦士が出現し、ナギヤの初撃を身代わりとなって受け止める。  骸はいとも容易く崩れ落ち、更にその隙を利用して新たに召喚された骸骨がナギヤを取り囲み、長剣や槍といった多種多様な武具を持って臨戦態勢をとっていた。 「『骸霊魔術(がいれいまじゅつ)』か──」  ブレイクが零したその単語に反応してラスターはほくそ笑んだ。  イージス・ユートピアに数ある召喚魔術の中でも難易度が高く、且つ危険性のあるスキルとして有名な骸霊魔術は、基本的に試合形式の対人戦を目的として扱われることが多い。  骸霊魔術は亡者系モンスター『スケルトン・アーミー』を場所問わずに召喚できる強みがあるが、逆にそれをコントロールできるほどの集中力と技量がなければ忽ち骸骨兵士は暴走し、味方をも傷つけかねないからだ。  なので味方のいないPvPの試合においては最良の選択といえ、自軍を増やせる骸霊魔術を使用したことに異を唱えるものはいないはずだ。  しかしそれもナギヤが相手でなければ、の話だが。 「見せてみろ。貴様の実力を」  ナギヤは殺意をもって迫り来るラスターと骸骨ども、周囲から発せられるプレッシャーによってこれ以上心を乱されないために軽く深呼吸をしてから目を閉じる。  心を落ち着かせろ。  初めてスキルを発現した時と同じように、初めてスキルを使役して剣を振るった時と同じように、ナギヤはエンブレス・ストライクに黄金の闘気を纏わせていった。 「まさか、そいつは──!」  発動させたスキルの強大さに本能が危険信号を発し、様子を見ていたラスターは一斉に骸骨兵士へ強襲するよう命令をかける。  しかし、その決断は遅すぎた。  ナギヤは既に魔装術(まそうじゅつ)『零式』のキャストタイム──つまり詠唱時間を終え、襲い来るスケルトン・アーミーを一閃のもとに切り伏せていた。 「魔装術だと!?」  ラスターの反応によってナギヤを締め付けていた軽蔑の視線が一瞬にして畏怖へと切り替わった。 「リーダーと同じノットスタンダードをなぜ貴様が……!?」  調子を乱されたラスターは戸惑いを露にしながらも、頭では次の戦法を考えていた。  レイド・ストリームの小隊長を任せられているほどの判断力と適応能力を備えているラスターならば、この程度の異常事態は難なく解決できるだろう。  実際、これまで幾度となく窮地を乗り越えてきた。だから今回も例外はなく突破し、見事勝利を手に入れてみせる。  そう自分を鼓舞するものの〝魔装術〟という未知の能力の前には確実な対処法が浮かび上がらずにいた。しかし明確な処理方法が見つからないというだけで、対策案はある。 「『Unite order《ユナイト・オーダー》』発動せよ──!」  ラスターはまだ生き残っている8体のアーミーに対してアビリティ『Unite order』を発令すると、アーミーどもの肉体がひとつの身体へ集合していき、プレイヤーの何倍もの背丈のある巨人へと姿を変えさせた。 「貴様の魔装術の仕組みなら俺も理解している。更に言えばそのエンブレス・ストライクにはシークレット・アビリティ『魔力値回復効果』も備わっているのだろう」 「なんですかそれ。ボクそんなの知りませんよ」 「昨日今日で始めたばかりのビギナーならば無理もない。考えられるとすれば、そこで傍観している裏切り者による仕業か。だが、もはや無駄なことだ。敵を倒すことで魔力値を回復できるそのアビリティも、こうしてしまえばカスも同然だからな」  ナギヤは融合して二刀使いとなったアーミーの熾烈な猛攻を避けながら、そのシークレット・アビリティとかいう能力の概要のことも気になっていた。  しかし今はそれよりも、黄金の輝きが失われつつある魔装術の残り時間を気にかけるべきだろう。  発動してから恐らく4分は経過していると思われるので、これから1分のうちに決着をつけなければ再起動のためにまた時間を要さなければならない。  このブレイクを貶し続ける忌々しい男はそんな時間を与えてくれるわけもないので、勝つためには1分以内に巨人を退けてそれを操る本体を斬る必要がある。 「あまり期待していなかったが、現状を見るに『Unite order』は想像以上に効果的だったようだな。そろそろ潮時か?」  遠方にて戦闘を観察しているラスターに苛立ちを覚えながらも、彼の言う通りナギヤの体力は限界を迎えつつあった。  手段は残されていない。幸いにも術士本体は魔装術がなくとも純粋な戦闘能力だけで撃破できるはずだ。  なので残された問題はひとつ。見込みがあるとすれば魔力を最大まで引き上げた零式を以って、巨人の懐へと飛び込み、一撃で粉砕する方法のみ。 「やるしかッ──!」  ナギヤが身を乗り出した瞬間、ハンマーのような太さを誇る二刀の剣の雨が降り注いだ。  一度でも喰らってしまったらダメージ超過で即死してしまうであろう攻撃を本能の赴くままに次々と回避していく様は神業といっても差し支えなく、その証拠にナギヤの神経はこれまでの人生の中で最高潮に研ぎ澄まされていた。 〝勝った──!!〟  地を蹴って跳び、懐まで数センチを切った瞬間、ナギヤは勝利を確信した。 「『Undo order《アンド・オーダー》』」 ──分解命令──  行動を読んでいたかのような自然なタイミングで指示を出し、複数の骨で形成されていた巨体アーミーが8体の等身大クラスへ分離を始める。  ナギヤは予想外の展開に脳の情報処理が追いつかなくなり、その隙を狙ったアーミー2体による斬撃が華奢な体躯を容赦なく切り裂いた。 「がッ……!!」  羽織っていたマントが無残に引き裂かれ、その様相はまるで羽根を失った蝶のそれであった。  そのまま宙から落下していき、地に落ちたナギヤの体は血に塗れて瀕死寸前のサカナのように痙攣を繰り返していた。  ラスターはそんな少女にトドメを刺すべく、アーミーから長剣を奪い取り、重厚な足取りで歩き始める。 〝どうして血が──?イージス・ユートピアには、そんな仕様はないはずなのに〟  考察はやがて痛みにかき消された。  心音が足音と同化していくかのように重なっていき、全身を激痛が余すことなく侵食していく。 〝こわい〟  ネガにいるわけでもないのに、どうしてこんなにも苦しい思いをしているのだろう。  理想郷にいるのに、どうしてこんなにも痛いのだろう。 〝しにたくない〟  足音が近づいてくる。死を齎す恐怖の音が近づいてくる。  少女の肉体を終焉へ導くための道具が、胸元にそっと置かれる。 「すまない。この『結末』は俺の手違いだ」  不可解な言葉を残したラスターを余所に、最期にブレイクを見て死のうと思った。  だが見ることができない。ただ耳を澄ますと微かに自分の名前を呼ぶ声と干渉防止のシールドを叩く音が聞こえる。 よかった。最後まで、あの人は自分のことを心配してくれていたんだ。  これでようやく敗北を、死を認めることができ───。 終われない  全てを受け入れたはずのナギヤの脳内に一瞬の囁きがよぎった。  同時に使い切ったはずの気力が復活しだし、皮膚から放出された紅い衝撃波がラスターと長剣を吹き飛ばす。 「なんだッ!?」  無意識の内に発動していたらしい魔装術がエンブレス・ストライクを包んでいくが、その闘気は黄金ではなく『赤』であった。  血を滴らせたナギヤは生きた屍のようなモーションで立ち上がり、妖しく光る真紅の瞳を携えてラスターを凝視した。 「『壱式』発動──!」  なぜ忘れていたんだろう。自分は負けてはならない。  でないとあの人が目的を果たせなくなり、失望されてもうボクを見てくれなくなるから。  それだけは嫌だ。  それだけは嫌だ。  それだけは嫌だ。  それだけは嫌だ。  ならばどうする?  答えは簡単だ。  この肉塊をバラせばいい。  そしたら、またボクのこと褒めてくれるよね。
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