第6話「理想郷閉幕?←カウントダウンが聞こえる」

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第6話「理想郷閉幕?←カウントダウンが聞こえる」

 ナギヤは誰からも褒められたことはなかった。 産まれてきて此の方、完璧超人になるべくして教育を受けてきたナギヤにとって成すこと全てが達成できて当たり前のことだったからだ。  だが、当の本人の能力はトップクラスでも精神はまだ子供だ。  だから他者による褒誉が必要であったし、ナギヤもそれに飢えていた。  しかしそんな些細な願いも叶わず18年もの浪費を重ね、ついにナギヤは現実世界に見切りをつけて仮想世界に救いを求めた。  そして、今や理想郷と名高いイージス・ユートピアに足を踏み入れている。  ──はずだった。  この痛みは現実だ。この恐怖は現実だ。この不安は現実だ。  なにもかも変わってなどいなかった。  あの苦しく辛い閉鎖環境は自分を永久に捕縛し、どこまでも付きまとってくる。  もはや振り払うことは不可能に近い。  ならどうすればよいか?  そんなのは簡単だ。障碍となる総てを破壊してしまえばいい。  そうだ、まず手始めに、目の前にいる〝この男〟でも殺してみせようか。  朦朧となっていた意識を確立させたナギヤは、眼前に映る光景に改めて絶句した。  その顛末へ至った道筋は、自分が魔装術に隠された第2のアビリティ『壱式』を発動させたことに起因する。  ラスターは対策として防御用のアーミーどもを複数体召喚せしめるも圧倒的破壊力の前に瞬殺され、そのあまりに規格外な結果にラスターは硬直し、その隙を逃すまいと刀身から繰り出された赤の斬撃が彼のHPを削り切り、見事勝利を納めたのだ。  そして現在、ナギヤが目にしたのは暴虐が行われたステージにて無残に横たわるアーミーの死骸と、右腕を犠牲にしてまで自分を止めようとしたブレイクの姿だった。 「──ッッ!」  胃の内容物が逆流し、地面に胃酸をぶちまける。  またしても意識が混濁し始めた半目状態のナギヤを、激痛に耐えながら寄り添ってきたブレイクが優しく抱きしめた。 「大丈夫。大丈夫だから」  暖かく平穏に満ちた安心感に包み込まれ、ナギヤはそのまま身を任せるように目を閉じた。 「──やはり俺のせいだ。俺が、間違っていた」 「自分を責めるな。お前の判断は誤りなどではないさ。幸いにも、彼女の精神は『ゴアモード』のデメリットを受けなかったのだから」  声が聞こえる。あれから何時間経ったのだろうか。  ブレイクと、もうひとりは聞いたことのない女性の声だった。  意識を取り戻しつつあるナギヤはゆっくりと目を開け、瞳に入ってくる光を感じながら意識を覚醒させる。 「ナギヤ!」  いち早く気づいたブレイクが駆け寄ってきた。  嬉しそうな顔をしている彼を見てナギヤにも喜悦が押し寄せるが、心にある『蟠り』だけは拭いきれなかった。 「ごめん。俺がもう少し早く『ゴアモード』の存在に気づいていれば、ここまで君を苦しめるような事態には陥らなかった。本当にごめん」 「い、いえ……。それより、ゴアモードって……?」  半分ほど話の内容が掴めないナギヤは上半身を起こし、早速2人の会話へ入ろうと試みた。 「イージス・ユートピアに実装されているPvP限定システムのひとつでな。通常ならプレイヤーを斬っても血液描写や痛覚は発生しないだろ?でも、このゴアモードを使えば対人戦の時だけ、そういうのを全て解禁する仕様に変更される。だが、ゴアモードにはお互いの了承が必要なんだ。今回はそういったメッセージ画面もなかったし、恐らくは不具合か何かで……」  長々と説明を続けるブレイクはハッと顔を上げた。 「悪い。寝覚めにこんな話をして」 「いえ、話してくれてありがとうございます。それに、ボクはどんなことがあろうとブレイクさんを責めたりしませんよ?だって──」  ナギヤは頬を赤く火照らせたまま俯いた。 「だって信頼、してしますから……。大好き、ですから……」  赤面しながら想いを告げるナギヤにとって、この行動はある意味命懸けであった。  もしかしたら、ブレイクは自分をことをそこまで想っていないかもしれない。  もしかしたら、ブレイクには他に好きな人がいるかもしれない。  そうなれば今しがたとった言動は単なる愚策として片付けられてしまうし、今後の付き合いにも支障が出てくる。  そういった様々な思考を張り巡らせていたナギヤだが、その心配は杞憂に終わった。 「俺も、ナギヤのことは大切に思ってる。なにせ俺に第2のVR人生を与えてくれた恩人なんだ。好きにならないって方が無理な話だろ?」  言ってのけたブレイクだが、すぐさまその発言がキザっぽいセリフだと自覚し、ナギヤから視線を外した。 「と、とにかく!──たとえどんなことが起ころうとも、君のことを絶対に嫌いになったりしない。それだけは、未来永劫変わらないと約束できる」  よかった、とても嬉しい。  歓喜のあまりにブレイクに抱きつきたくなるほどだったが、その意志を懸命に堪えて彼に応えた。 「はい!ボクもです!ブレイクさん!」  そんな光景を傍から見ていた第三者である黒髪ロングの女性は、顎に手の甲を乗せたまま呟いた。 「このまま眺めているのも悪くないが、そろそろいいかな?」  ブレイクは女性の存在に今気づいたかのように身躯を震わせ、彼女に視線を向けた。 「な、なんだよ『ウォーレン』」 「えっ!?」  ブレイクが呼称した単語に、ナギヤは声を上げて驚いた。  なんと、名前から連想するに男だと思っていたが、まさか女の人だったとは。  想定外の事態にしばらく困惑していると、ウォーレンがこちらを見て微笑んだ。 「フフッ。女など作らなかったサイが珍しいな。隙あらば私が娶ってやろうかと思っていたが、もはやその必要もなさそうだ」 「余計なお世話だ。……てか、こっちでサイって言うのやめろ。リアルじゃないんだぞ」  ブレイクはヤケ気味に返した。 「あなたがウォーレンってことは、ボク試合に勝てたんですか……!?」  そう言うと2人は目を丸くする。なにかおかしなことを言っただろうか?  ブレイクは渋っていたが、ウォーレンは関係ないと言わんばかりに返答した。 「勿論さ。君は持ちうる全ての力を出し切り、あの憎きレスターを打破した。その直後、急に意識を失って気絶した君をサイ、元いブレイクが介抱してここまで連れてきたというわけだ」 「じゃあ、このマントが破れてるのもそういう……」  修復不可能なほど破損している水色の外套は、もはや原型を留めておらず、ただの布切れとしてナギヤの肩に乗っかっていた。 「でもボクが勝ったからウォーレンさんと会うことができたんですよね?ならこれくらい形容範囲です!」  ナギヤの笑顔を複雑そうな顔持ちで見ていたブレイクも、ウォーレンに便乗するような形で話を続けた。 「そう言ってくれると助かる。──そうだ。代わりに俺のローブを使うか?色を変えたいなら染料アイテムを使えば可能だし、機能性も高い」  部屋のハンガーに掛けてあった灰色のローブを手に取り、ナギヤに差し出した。 「ありがとうございます!大切にしますね!」  早速、マントを外してローブを羽織った。  やはりブレイクが使っていたためサイズが多少大きいものの、着る分には問題ない。  そしてプレゼントした本人に自覚はないだろうが、使用感のあるローブには男性独特の『ニオイ』がまだ残留していた。  しかし、ナギヤにとって逆にそれが安心感を作らせる要因となっていた。 「それとひとつ朗報がある。どうやらウォーレンが運営と話をつけてくれたみたいでな。あっちも今回のネガ騒動に関して対策を講じているようで、まずはその応急措置として、このレイド・ストリーム拠点周辺にネガからの干渉を防ぐための結界を張ったらしい」  ブレイクが嬉々として話すその内容にナギヤは胸を撫で下ろした。 「それと、この件についてウォーレンと2人きりで話したいことがある。すまないが、ナギヤには席を外してもらいたい」 「そうですか……」  顔にこそ出さないが、ナギヤは落ち込んでいた。  確かにイージス・ユートピアにログインして数少ない単独行動を与えられた機会だ。好奇心を揺さぶられる。  それでもブレイクが隣に居てくれないという不安と寂然がナギヤを掻き立て、素直に喜べずにいた。 「──判りました。ならお言葉に甘えて少し散策してきますね」  もちろん本心ではなかった。  しかしこうでもしないと彼に迷惑をかけてしまう。  残る悲愴感を胸に抱きながら、ドアノブに手をかけて退出した。 「ぐっ……!」  ナギヤが部屋を出たとほぼ同時にブレイクは顔に脂汗を浮かべ、床に手をつけて苦悶の表情を見せた。 「見栄を張りすぎだ。もはや座っているのですら辛かっただろうに」 「大したことないさ。あいつが負った心の傷に比べれば、腕のひとつくらい……」  ブレイクの右腕は自由に動かすことができないほど壊れていた。  ノイズとの戦闘により負傷したことがコトの始まりだが、殆どは正気を失ったナギヤから受けた致死性の一撃によるものが割合を占めていた。  更にゴアモード下で肉体を大きく損傷したため、恐らく現実世界でもその影響を受けている可能性がある。  いつもならさしたる問題ではないのだが、ネガ等の問題を抱える今となっては──。 「お前の言った通り、彼女は記憶を喪失しているな」 「ん?……ああ、まあそうだろうな。多重なるショックと新しいスキルの発動により、ナギヤの精神状態は限界にまで追い込まれていたに違いない。そんな状況下で倒れれば、記憶障害を起こすのも無理はない」  前例として、急激なレベルアップのせいで精神性に異常をきたしたという事実がいくつかある。  ナギヤの場合、それだけとは考えにくいが、大体の原因はこれに当て嵌るだろう。  この拠点が運営の保護下にあるならばナギヤをしばらく休息させ、これから来るであろうライリキスと合流してネガを対処するのも悪くない。  ましてや前人未到の魔装術(まそうじゅつ)であっては尚更だ。 「俺がナギヤを初めて助けた時、ダントとオールが殺られていたが、これも承知済みか?」 「クランメンバーの現状は大方理解しているつもりだ。その2人についても現実世界で確認がとれているし、これまでネガの被害にあった奴らの行方もほとんどは知れている。ただな……」 「どうかしたか?」  ウォーレンの表情はブレイクがこれまで見たことがないほど曇っていた。  イージス・ユートピアにおいて最も強く、思慮深い冷静沈着なプレイヤーがここまで追い込まれているサマはそうない。  余程、深刻な問題があったに違いない。 「3、4人ほど音信不通になっていてな。今まで報告など直ぐに寄越してくる連中なんだが、何故か連絡がとれない。まさかとは思うが──」  ネガにはまだ不明な点が数多く残されている。  撃破された者が現実世界へ帰還し、永久に仮想世界への入場を禁じられるという情報は単に考察に過ぎない。  結果的に数人がこの考察に則っているが、それでも不明瞭であることには変わりないのだ。  もしもウォーレンの推察が当たっていれば、かなり危険な事態へと急変する。  しかし──。 「今は考え込んでいても仕方ない。運営が協力してくれている以上、解析はそっちに任せてみよう。俺たちがやるべきことは3日後に実行するネガへの『強襲作戦』の準備に勤しむことだ」 「……そうだな。ところで、彼女にはその作戦について何か説明しているのか?」 「まだしていない。それに言わない方がいいだろう。あいつとは共に戦うと言ったが、リスクが大きすぎる。──昨日のPvPで気付かされた。魔装術とナギヤのVR適正があればやっていけると思ったが、最も優先すべきことは彼女自身の安全だってことにな」  ナギヤの魔装術があればネガ攻略が捗ることは間違いない。  あの未知なる能力を持つ仮面の男がいる以上、こちらも必要以上の戦力を投入することが必然となるだろう。  しかしそれはナギヤ個人の精神を苦しめているだけに過ぎないのではないか?  このまま魔装術を強化し続け、今回のようなことが起きるようならば俺は──。 「……ん?通信か?」  ウォーレンが携帯していたタブレット型の端末機器の通知音が鳴り、ブレイクは思考を止めた。  黙々と送られてきたメッセージを読み続けるウォーレンだが、時間が経過する毎に彼女の顔色が青ざめていく。 「心して聞けサイ」  またもやリアルネームの片鱗を出してきたウォーレンに注意を促そうとするも、ブレイクの言葉は焦燥に塗れた声で遮られた。 「衛兵からの情報なんだが……。『ナギヤが連れ去られた』と──」
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