第7話「現実世界へ←神の庭開門」

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第7話「現実世界へ←神の庭開門」

 失踪する30分前──。  ナギヤは心を弾ませていた。  10分ほど1人きりで各施設を回って見たが、どれも興味深いものばかりだったからだ。  技術開発部や監視情報部、果てには諜報機密部といった如何にも怪しい部署まで存在しているレイド・ストリームはまさに探検にはうってつけで、ナギヤの好奇心を擽り続けた。  本当にこの世界にきてよかった。  でもなんだろう。違和感を感じる。  なにか、大事なコトを忘れているような──。 「あれ?アンタ、どうしてここにいるんだ?」  物思いに耽けていたナギヤに誰かが突然声をかけた。  不意をつかれたせいで「うわぁ!」と声を上げてしまったが、すぐに気持ちを落ち着かせて振り向いた。 「なんかごめん。驚かせるつもりじゃなかったんだけど」  声の主の正体はすぐにわかった。  何故ならば小さな体躯に黒のクロークとショートパンツ、更にフードを被っているから。  それらを元に計算するに、この人こそが先日自分に魔獣を嗾けた『ライリキス・ヘブンズ・サーフィースト』なる人物なのだろう。 「おっと、もうブレイクから俺の素性を聞いているよな?なら話が早い。──俺の名前はご存知の通り、ライリキス・ヘブンズ・サーフィースト。愛称はライリだ。宜しく、魔装術のお姉さん」  ちょこちょこ見え隠れする八重歯が特徴的なライリは、フードをとってにこやかに微笑んでみせる。  男勝りな口調とは裏腹にライリの顔立ちは中性的で、美少女と呼んでも差し支えないほど整っていた。 「ボクはナギヤです。よろしくお願いしますね、ライリさん!」  それに負けずとも劣らない笑顔を見せるナギヤに、ライリは思わず声を出して頬を赤らめる。 「おおっ……!ブレイクが目をつけてるだけあって、アンタめちゃくちゃ可愛いな」 「別にボクとブレイクさんはそういう関係じゃ……」 「んだ違うんか。あいつもついにリア充になったかと思ったら、まさかここまで恋愛に奥手だったとは……。まあ、ある意味では俺のせいか……」  黒髪の少女は眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、目の前のナギヤの困惑ぶりに気づいてすぐさま体裁を整えた。 「わりい。──ところでブレイクは今どこに?一緒じゃねえんだろ?」 「ブレイクさんは話があるとかで、ウォーレンさんと一緒に居ますけど……。2人きりで話したいことがあるからって……」 「ああ、なるほど。だからアンタ1人なんだな。全く、せっかくモノにできそうな女を捕まえたってのに、みすみす逃すような真似しやがって……」  呆れてブレイクに毒づいているライリを見て、ナギヤはどこか安心感を覚えた。  今までブレイクを危険視している人はいたものの、彼のことを良心的に思っている人はあまりいなかった。  恐らく彼女はブレイクのことを古くから知り、絶対的な信頼を寄せているに違いない。 「てなワケで、どうする?あいつの密会が終わるまで、俺と一緒にデートでもするかい?昔ここに所属してた時期があったから、大体の場所なら案内してあげられるぜ?」  差し伸べたライリの手をナギヤは優しく握った。  自分は、何故ここまでブレイクが非難されているか理由を知らない。  この機にライリから聞けたらそれが良いのだが、たとえそれが不可能でも自分はブレイクの味方で有り続け、彼を支えていければそれで──。 「見つけましたよ。お嬢様」  背筋が凍った。耳に入れたくもなかった闇の声が脳に駆け巡った。  動悸が激しくなり、心拍数が上昇する。呼吸もこれ以上酷くなれば過呼吸になりそうだ。  だが無理もない。予想なんてできるはずがない。  だってここは、現実世界ではないのだから。 「お迎えに上がりました。さあ、帰りましょう」  ナギヤは恐る恐る振り返る。  案の定、背後には金髪で銀色のモノクルを右眼につけた黒の執事服を着た男がおり、にこやかに笑っていた。 「ど、どうして……!」 「最初に申し付けたはずです。イージス・ユートピアにおける活動期間は3日間だけだと」  執事はナギヤの腕を掴もうと手を伸ばすも、割って入ってきたライリによって阻止された。 「わりいけど先客は俺だ。ナンパするなら後にしな」 「おや?おかしいですね。お嬢様はともかく、『魅了』を発動しているのに、何故動けるのですか?」 『アビリティ:魅了』は女性プレイヤーにのみ有効な精神系の能力。  一定時間拘束され、身動きひとつ取れなくなる強力なアビリティだが、ライリはまるで効いていないかのように体躯を動かしている。  それを見て若干だが困惑している執事を見て、ライリは笑った。 「そりゃ俺の性別が『男』だからさ。こんなナリをしているからよく間違われるが、列記とした男性だぜ。──どうしてもナギヤを連れてくってんなら、力づくで俺から奪ってみせな」  ライリの瞳が紅く輝き始め、傍らに漆黒のヘルハウンド シュガーが召喚される。 「黒の魔獣 ヘルハウンド。──なるほど、あなたがあの噂の『ファミリアの魔眼使い』ですか。モンスターテイマーにおいては右にでる者はいないとされるトッププレイヤーと相見えるとは、私も運がいいですね」 「来ないならこっちから行くぞ。……シュガー!」  ライリの合図と共に駆け出したヘルハウンドは、口内に蓄えた黒炎を近距離で浴びせるべく足を使って跳躍した。 「──ですが、遊んでいる時間はありません」  執事の右手が煌めき、音速ともいえる一撃がヘルハウンドに叩き込まれ、吹き飛ばされた魔獣は塵となって消えた。  更に隙など見せず唖然としているライリ目掛けて特攻し、掌底による二撃目が胴体に炸裂する。 「がはッ……!!」  膝から崩れて地に伏せたライリは、まだ体力が残っているらしく虫の息ながらも執事の足を掴んだ。 「クリティカルは出ませんでしたか。ですが、これで終わりです」  最後のHPを削るべく手刀の構えを取る執事だったが、予想だにしていなかった人物がライリの前に立ち塞がり、攻撃を中断した。 「何のつもりですか?お嬢様」  震えながらも剣をとるナギヤに執事は微笑んで語りかけた。 「素直に言うことを聞いて下さればこれ以上誰かが傷つくことはないのです。もしも逆らうのであれば、強硬手段に出るしか……。」 「それだけは……!!」 「ならば共に現実世界へ帰還して下さい。そうすれば手は出さないと約束します。」  ナギヤは渋々、執事の手を取った。  執事は足を掴んでいたライリの手を振り払い、ログアウトするべく宙にメッセージウインドウを表示させて操作する。  執事と共にナギヤの体は光に包まれ、絶望に染まった顔を俯かせたままナギヤは消えていった。  そして現在──。  ウォーレンからナギヤ失踪の知らせを聞いたブレイクの思考は停止しかけていた。  残された意識を使って強制的に脳を再稼働させ、返答するために口を開く。 「……経緯はわかるか?」 「ログを見る限り、1人のプレイヤーが共に行動していたライリを倒し、ナギヤを連れ去ったと考えられるな。だが、ライリの使役するヘルハウンドは魔法系統のスキル及びアビリティには特殊耐性がついているし、武器系統における殺傷ではこんな短時間で倒されるはずがない。──こいつはどうやってライリを退けた?」 「そんなことはどうでもいい。早いとこライリの元へ……!」  ブレイクは肩の痛みに襲われながらも部屋を出た。  フレンド登録一覧でライリの現在位置を特定し、最短ルートで彼の元へ急行した。 「ライリ……!」  到着するとまだ息のあるライリが床に伏せており、ブレイクは急いで駆け寄った。 「わりい……!ナギヤを盗られちまった……!ヤツめ『撃滅葬(げきめつそう)』なんて反則スキル使いやがって……!!」 「撃滅葬だと!?」  遅れてやってきたウォーレンが連れてきた医療チームによって担架の上に乗せられたライリは、両目に手を当てて涙を流していた。 「心配するな。俺が必ずカタをつけてやる」  無言で頷いたライリはそのまま連れていかれ、残ったウォーレンとブレイクが事件現場を前に対話を始めた。 「使用されたスキルは撃滅葬だったか。もう少し打ちどころが悪ければゴアモード同様、現実世界にも影響が出ていたに違いない。それほど危険なスキルだからな」 「相手に必要以上のダメージを与え、再起不能にする禁断のスキル。でも確か2年前に使用不可スキルに認定されたはずじゃ……」  撃滅葬は拳打によるクリティカルヒット率が『5倍』になるという驚異の性能を誇っているスキルだ。  2年前に撃滅葬を使って複数人のプレイヤーをゲーム続行不可にまで追い詰めた事件があり、それ以来、撃滅葬はスタートアップ・サービスにも組み込まれなくなったと公的には言われている。 「そうさ。──だが、それを覆せるほどの権力の持ち主ならば話は別だ。サイは彼女から何も聞いてないのかい?」  ウォーレンに言われてハッと気がついた。  そういえばそうだった。  自分はナギヤの現実世界に関する情報をなにひとつ知らない。  話したくなさそうだったので聞かなかったというのもあるが、もし聞いてしまったら今の関係に戻れなくなる不安が頭によぎっていたからでもある。  やはり無理をしてでもあの時聞いておくべきだったか。  しかし──。 「本人からは聞いていない。でも心当たりならある。元々、ナギヤは爺さんを頼ってきたんだ。だから詳しい事情なら爺さんの方が知ってるかもしれない」 「ほう。かの有名な『ブラック・ミスト』殿か。ログインしているのかい?」 「悪いけど、パパは消息不明よ」  第三者が会話に割り込んできた。  ブレイクが声の方向へ顔を向けると、薄桃色のポニーテールが特徴的な姉 ミストが立っていた。  どうやら今日はメイド服ではないらしく、白のワイシャツに黒のフレアスカートを着ている。  さすがに公衆の面前であることを考慮したようで一安心したブレイクだが、ミストから発せられた事実でそんな余裕はすぐになくなった。 「代わりにアンタにお客さんがきてる。リアルの方でね」  驚きが隠せないまま急かしてくるミストに連れられてブレイクはスマートフォン型デバイス『フリージー』を取り出し、ログアウト画面へ移行した  『ログアウトしますか?』のメッセージに対して『Yes』を選択すると、眼前が閃光に包まれて確立されていた意識が混濁していった。  なぜ自身に来客があるだけでここまで驚愕の色を見せるのか。  イージス・ユートピアの仮想空間における『ブレイク』としての自分へならまだわかる。  悪名高いが有名であることには変わりなく、訪問してくる者も少なからずいるだろう。  しかし現実世界における『黒宮裁破(くろみやさいば)』としての自分に用事のある者などいるわけがない。  なにせ現実においてのサムライは、そこら辺にいる大学生のひとりに過ぎないのだから。  そんな裁破は2日ぶりである自宅へ無事帰還し、サングラス型のVRハード『Moa《モア》-012』を外して来訪者がいるであろう1階へ階段を使って下りていった。 「どうも初めまして。Mr.ブレイク」  BARとなっている1階にてオールバックでトレンチコートを着込んでいる40代後半と思しき人物が、スーツを着た男2人を後ろに控えさせて微笑んでいた。 「アンタが俺を呼んだのか?」 「Exactly。本来はロースト君に用があって来たのだが、この際なら君でも問題はなかろう」  オールバックの男は脇に置いていたアタッシュケースを持ち上げ、ロックを解除すると裁破へ中身を見せつけた。  なんと総額5000万は下らないであろう大金が所狭しと敷き詰められており、あまりの展開に裁破は息を呑む。 「この2日間、ご苦労だった。まさか魔装術を『壱式』まで引き上げ、私の娘の潜在能力を遺憾無く発揮してくれるとは思わなかったよ。報酬についてだが、約束の金額に少しだけ追加を入れておいた。受け取ってくれ」 「どういうことだ……?それより、なぜ魔装術のことを!?」 「ああ、そうか。これは失礼した。……まだ自己紹介してなかったね」  男はコートの内側から名刺入れを取り出し、もはや絶滅危惧種である紙の名刺を裁破に渡した。 「私は神城かみしろ財閥の現当主 神城禍弥(かみしろまがや)。そして話に出てきた娘というのが、君がつい先程まで連れ添っていたナギヤだ」 「ナギヤが……神城財閥の……!?」  神城財閥といえば、イージス・ユートピアを運営し開発した大企業『アイギス社』のスポンサーだ。  まだアイギス社がAR技術に力を入れていた頃からの付き合いらしく、その財力は世界でもトップクラスの実績を誇るといわれている。 「本名は神城凪佳(かみしろなぎか)。──凪佳は生まれつき高い『VR適正』を持っていてね。その能力をテストするためにイージス・ユートピアをプレイさせたんだが、結果は上々だ。アイギス社に頼み込んで魔装術を仕込ませた甲斐があったというものだよ」 「仕込んだ?魔装術を……?」  情報処理が追いつかない。  こいつはなにを言っているんだ……? 「でなければ魔装術などというノット・スタンダードを入手できるはずがなかろう。──魔装術だけではない。厄介な連中に絡まれることのないよう性別隠蔽スキルを持たせ、念の為にロースト君に教育係まで手配した」 「その教育係って、まさか……!」 「君のことだよブレイク君。……さて、お話はここまでだ。お暇させてもらうよ。」  禍弥は黒服を引き連れて退出するべくドアへ歩き始めた。 「そうだ、最後にひとつ。君たちが模索しているネガに関してだが、あれは単なるバグではない。人為的な工作が行われていると忠告しておこう」  アタッシュケースをバーカウンターに置き、そう言い残して禍弥は消えていった。 「……」  突如として訪れた静寂の一時。  止まらない動悸に耐えながら情報を整理していると、ログアウトしてきたらしいミスト 黒宮霧華音(くろみや むかね)が階段から下りてきた。 「とんでもないお客さんだったね。まさか神城財閥だとは。」 「聞いてたのかよ」  目を合わせることができない。  あまりの不甲斐なさに、哀しみを通り越して怒りが込み上げてくる。 「バカなこと言ってもいいか?」 「なに?」 「ナギヤを、奪い返してくる。策はある」  そう言うと、霧華音はわかっていたかのように口角を上げて裁破の背中を押した。 「そうくると思った。いいじゃん、行ってきなよ。パパには私から言っとくから」 「止めないのか?」 「パパも昔、同じようなことしたって聞いたことあるし。それにパパがここにいたら、アンタを止めるどころか絶対行かせるでしょ」  やはり姉さんは侮れない。  確かに爺さんがこの場に居合わせたら、否が応でもナギヤを取り返しに行けと言ってきそうだ。 「ウォーレンには俺がもし戻らなくても『ネガ特攻作戦』は実行してくれと伝えておいてほしい。それと、運営にも注意を向けるようにとも」 「はいはい、行ってらっしゃい。あとこれ万が一の時のために」  霧華音はバーカウンターの引き出しから旧型のウェアラブルデバイス『Moa-002』を取り出し、裁破に投げ渡した。  精密機械なんだから慎重に扱えと言いたいところを我慢してソフトが挿入されている箇所のカバーを外し、インストールされているアプリケーションを見てみる。  そのアプリケーション名は、AR型ゲーム イージス・ガーデンだった。
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