第8話 「全ては仕組まれていたこと?←俺だけは違う」

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第8話 「全ては仕組まれていたこと?←俺だけは違う」

 ナギヤ 神城凪佳(かみしろなぎか)がまず『現実世界』で目を覚まして起こした行動は溜息だった。  イージス・ユートピアから退去させられ、2度と見たくもなかった屋敷の内装を目にし、聞きたくもない質問に無理矢理答える。  そんなやり取りのせいで半日があっという間に過ぎ、気づいた時には自室のベッドの上で朝を迎えていた。 「夢、だったのかな」 ──イージス・ユートピアで過ごした2日間。  あれは確かにナギヤの記憶に存在している。 だが、今となってはそうとしか考えられないほど、元に戻ってしまった生活に精神を侵食されていた。 「お嬢様。起きていらっしゃいますか?」  扉をノックする音が聞こえ、同時に執事であるフロストの声が耳に入る。 「大丈夫。起きています」  もはや何百回としたやり取りだろう。  特に寝覚めが悪く、あまり心地の良い睡眠をとれていない今の凪佳にとってフロストのモーニングコールは最悪そのものであり、精神を更なる不調へと誘う害でしかなかった。  しかしフロストがきてしまえば『起きる』という選択肢以外与えられない。  それが、神城家で生きる者の鉄則なのだ──。 「これから嵐豪(らんごう)グループの方と会食のご予定があります。ご承知おきを」 「……わかりました」  考える必要はない。出された用件にただ『Yes』と答えるだけなのだから。  たとえ心の中で拒絶反応が芽生えても、それを口に出してはならない。  もしも一度でもしてしまえば凪佳の存在意義が消滅し、生きることすら許されなくなる。  だが──凪佳は昔から『Yes』としか発言できなくなるよう教育を受け、心を壊していた。  いつしか訪れる希望を信じて。 「後から行きます。お父様にもそのようにお伝え下さい」 「承りました」  すぐさまフロストからの返答が扉の向こう側から聞こえ、足音が遠のいていく。 30分後  神城家の屋敷の正面玄関が自動的に開き、執事をひとり連れた赤髪の男が待ち構えていた神城禍矢(かみしろまがや)に頭を下げた。 「本日はお招き頂いてありがとうございます。嵐豪 裕次です」  黒のオールバックにグレーのスーツを着ている禍矢は裕次の挨拶を快く受け入れ、先導しながら前に進む。 「今回はどのようなご用件でしょうか?」 「大したことではありませんよ。あなたもアイギス社のスポンサーなら知っているでしょう。イージス・ユートピアで奇妙な『バグ』が起こっていることを」 「ええ。もちろん知っていますよ」 「なら話が早い。アイギス社はこれを『ネガ』と呼び、名のあるクランと結託して撲滅するべく動いているようなのですが、我々はこのネガを活かそうと思っていましてね」  裕次は禍矢に連れられて屋敷の大食堂へと招かれ、対面する形で席に座った。 「具体的にはどのような?」 「かつて──フォーナルという国があったのをご存知ですか?理想郷を目指し、完全な異世界を作り上げた夢のような国です。そこを統率していたのが神城家の前身である『セイントルウブ家』で、その長が凪佳の母親である『ニーナ・セイントルウブ』」  禍矢はテーブルの上に置かれた料理に手をつけることなく、黙々と話を続けていく。 「当時はARの全盛期でしてね。特にフォーナルを築き上げた『イージス・ガーデン』は熱狂的な人気を誇っていました」 「ゲームが国を……?」 「珍しいでしょう?ですが可能なのですよ。ニーナ・セイントルウブは常人にはない『AR適正』という特殊体質の持ち主でしたから」  AR適正。  本来、質量を持たない拡張現実がその体質により変化し、物理干渉を可能とする能力のことである。  所有していない人間では現実化したARに対応することができず、対処するためには同じくAR適正を持っている人間でなけれはならない。  それでも、国をまるごと作るほどのAR適正など聞いたことがない。  そう考察している裕次が聞き入っているのを見て、禍矢は満足そうに笑みを浮かべた。 「彼女のAR適正は通常の『100倍』という規格外のものだったのです。なので有効範囲を極限までに広げ、あたかも異世界がそこにあるかのように演出してみせた。結果は上出来で、主に現実世界で行き場を失った人々が暮らす『庭』を作り上げることに成功しました。──が、ある時を境にこの夢の世界は1人の男によって跡形もなく壊され、イージス・ガーデンは終焉を迎えたのです。その男の名前こそ──」 「ロースト・クロミヤ。かつて『ブラック・ミスト』という異名で犯罪者から恐れられていた最強のプレイヤーです」  禍矢が宣告するより前に部屋に入ってきた執事 フロストが男の名を告げた。 「彼がニーナ様を連れ出したせいでフォーナルは異世界を維持できなくなり、流れるがままにセイントルウブ家は崩壊しました。ですが数十年の時を経て力を取り戻し、今はこうして神城家という地位を手に入れるまでに至ったのです」 「なるほど。しかしそれがネガと何の関係が……?」  裕次が質問すると、禍矢は本命に移らんとばかりに咳払いをして話を続けた。 「そのネガが第2のフォーナルと成り得ると我々は推測しているのです。アイギス社の開発したイージス・ユートピアは素晴らしいアプリケーションソフトですが、私達が目指す理想郷には程遠い。そこで我々はアイギス社内にいる同志に声をかけ、ニーナ・セイントルウブのDNAと『AR適正』の能力値をそのままに仮想現実に特化した『VR適正』を備えた神城 凪佳を作らせたのです。先日までテストとして『魔装術』を持たせ、どれだけの性能があるかを試すためにイージス・ユートピアに潜り込ませていました。『サムライ』を使ってね」 「結果は?」 「上々ですよ。更に言うなければ魔装術の進化と、手違いで起きたゴアモードの副作用によって凪佳が暴走し、サムライの片腕を負傷させたという報告を受け取りました。サムライは放っておいても時間経過で戦闘不能にならざるを得ない。ですが先程も話したようにアイギス社は大型クランと結託して我々の理想郷を滅ぼそうとしている。これは由々しき事態だ。そこで貴殿にはクランのリーダーである『ウォーレン』の相手をして頂きたい。なにせ貴殿の実力はサムライに引けを取らないと聞いたのでね。──どうでしょう?」  裕次は上を向き、葛藤するように目を閉じた。 「貴殿は今やお父上よりも強い権力をお持ちだ。そうなればもはやアイギス社の力を借りずとも、新たな道を歩むことは可能なはずです。この期にアイギス社へ反旗を翻し、我々と共に頂点に立つのも悪くはないでしょう。……どうです?なんなら凪佳の婿になる特権もお付けしますよ」 「──確かに、魅力的な話ではあります。しかし、それでも俺にはイージス・ユートピアでやらなくてはならないことがありましてね。なのでその理想郷を穢そうとするならば、こちらとて賛同する訳にはいかない」  毅然とした態度で述べた裕次に禍矢は残念そうに溜息をついて椅子にもたれかかった。 「交渉決裂、ですか。見込みがあると判断したのですが、私も思い違いだったようだ。──本当に残念ですよ。この場が血で染まることがね」 禍矢が右手を上げるとフロストが執事服の内側から取り出した拳銃 グロック18cを裕次に向けた。 「機密保持のために死んでもらいますよ。理由はあとで何とでもなる。……やれ、フロスト」 「承知しました」  了承したフロストはトリガーを引いてマズルブレーキから弾丸を放出する。  背部から血液が噴き出し、男は椅子から崩れ落ちて流れ出る血を呆然を見つめていた。  誤射などではない。  紛れもなく明確に、フロストは横にいた神城 禍矢を撃ったのだ。  神城 凪佳の精神は限界を迎えようとしていた。  会食に出席すべく件の部屋に足を運び、扉を開けようとした時に話し声が聞こえてきたため待機していたことが事の要因だった。  突如として明かされる自分の出自、能力。魔装術の意図的操作。  そして、記憶がなかったといえどブレイクを自ら手にかけていたこと。  全ての真実を知って、凪佳は話を聞き終える前にその場から逃げ出し、一心不乱に走った。 〝もう、終わりにしたい〟  囁かれる精神からの警鐘。  もはや凪佳に正常な判断を下せるような余裕はなくなっていた。  気づいた時には4階テラスの手すりの取っ手を掴んで、虚ろな瞳で地面を見つめていた。 「ブレイクさん……」  最後に大切な人の名前を呟いた。  唯一自分を認めてくれた人。  だがもう会うことはできない。そうなればやることは決まっている。  凪佳は徐ろにフェンスに足をかけ、不安定な手すりの上で立った。  そのまま重心を前に向けて飛び──。 「──ッ!?」  腕を掴まれて後ろに引っ張られた。 「やっぱ、迎えに来て正解だったな」  目頭に自然と涙が溢れてくる。  泣きたくなるくらい心にくる声だ。  この先にいかなくてよかった。別れを告げなくてよかった。  でなければ自分は、最後の最後で後悔してしまうところだっただろう。  凪佳は無言で振り返って、感情のままに抱きついた。 「会いたかった──です」 「俺もだ。ナギヤ」
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