カナリヤ

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2ヶ月間の入院の後、亜貴は遠く離れた実家へと引き取られることになった。 結局記憶が戻ることはなく、後は定期的な検査とカウンセリングやリハビリなんかを行って新しい記憶を形成していくことになるらしい。失われた記憶はふいに戻ることもあるかもしれないし、一生ないかもしれないと医者は言った。 亜貴の実家は田舎だから、最先端の治療が受けられるここにいた方が良かったのだが、向こうで生活している両親がこっちに移り住むことは難しいらしく、亜貴は実家近くの総合病院で今後は診てもらうことになるのだと聞いた。 どこか暗い表情で荷物を纏め、亜貴を連れてタクシーに乗り込む亜貴の両親に、俺は何も言うことが出来なかった。 最後に小さく頭を下げタクシーの扉を閉める両親の向こうに、固い表情の亜貴が見える。 こっちを見ることもなく、何を思っているかもわからない、そんな表情で前を向いていた。 あれから何度会いに行っても、亜貴は俺を思い出すことはなかった。 それどころか、前の日に会っても次の日には俺のことを忘れていた。 新しい記憶の形成は問題なく出来るはずなのに、亜貴は俺のことだけを覚えることが出来なくなっていた。 記憶を司る機能にまだ少しバグのようなものが残っているのかもしれないと医者から言われたが、俺は亜貴が俺を拒否しているような、そんな気がして仕方なかった。そしてそれは当然の報いだと思うより他になくて。 亜貴に掛ける言葉は最後まで何も見つからなかった。 亜貴を乗せたタクシーが走り去る。 その姿が見えなくなっても、俺はバカみたいにその場から動くことが出来なかった。 亜貴の想い出が、笑顔が、後ろ姿が遠ざかって行ってーー…… 嫌だ。 最初に浮かんだのはそんな言葉だった。 嫌だ嫌だ嫌だ。 亜貴は俺の、俺のーー…… 「……っ」 弾かれたように駆け出す。 タクシー乗り場に停まっていたタクシーの窓をガンガンと叩いた。 うたた寝をしていた運転手が何事かという表情で俺を見る。 「……っ、駅までお願いします!! 急いで、お願いします!!」 なりふりなんて構っていられなかった。 ただ亜貴の、亜貴の笑った顔が。 『凛也くん』と呼ぶ声が。 酷く恋しくて、苦しくて、狂いそうだった。
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