熊野の熊野による、熊野のための熊野詣~24.02.23~

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 幸いなことに、列車の席はゆったり広めであった。  万年肩こり背中コリ持ちの私、果たして長時間座ることに耐えられるかと心配であったが、これなら何とかなりそうだ。  大きな窓から、外を見てみる。  桑名、四日市、鈴鹿、津あたりまでは、普通の街並みだ。時折、家々が切れて、広大な畑や、道路が顔を出す。 「なんか……カラス多いな」  畑や道路にいるのは、ほとんどカラスだ。川を渡れば、水鳥やカモはいる。逆に、街の野鳥あるあるの、ハトが見当たらない。  カラスと言えば、八咫烏(ヤタガラス)をご存知だろうか。聞いたことはあるけど、何者かは知らないと言う方もおられるかもしれない。  八咫烏とは、神話に出てくる神の使いである。  かつて、神武天皇は日本を治めるために、あちこち戦に出ていた。いわゆる、東征である。  途中、熊野の山で、つまりは迷子になったのだが、その際に神から命を受けて、神武天皇の旅案内をしてくれたのが、八咫烏なのである。  ちなみに八咫烏は足が3本あって、それぞれ過去と現在と未来を示しているという。  おや、熊野三山と同じだね。  そんなわけで、熊野で思い浮かぶ動物と言えば、八咫烏。残念、クマでもなければ私でもないのだ。  やたらカラスが現れるのも、これから私が熊野に行くがゆえ、なんぞなんぞと出てきたに違いない。  あいつ、熊野の名を借りておいて、ちっとも参拝に来なかったのが、ようやく来たぞと、カラスがカーとかアーとか言ってるんだろう。  ……。  察していただきたい。3時間半も電車に乗っていれば、ヒマなのである。  寝ても、ずっと寝られるわけではない。  今回、必要な時以外は、あまりスマホを触らなかった。単にそんな暇もないし、電池が消耗するのが嫌だったのもある。  だが、せっかくの非日常的な時間だ。SNSなんぞ見てしまったら、一気に平凡な日常に落ちてしまう気がして、その方が嫌だったのだ。  1人旅は、同伴者がいない分、自分と周りの1対1という状況だ。  見える景色、聞こえる音、周りの雑音、それと私。何に思いを馳せてもよい、何に喜んでもよい、完全な私だけの世界。  下の画面をにらむ暇があるなら、この視界を目に焼き付けるか、写真に残すかしていたいのだ。
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