食べるだけの旅、それは終わりのない挑戦

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 いつの間にか、お客は私たちだけになっていた。 「今なら、行けるかな」  N子にとっては、仕事上での知り合いだ。缶ビールを手土産に、会計がてら挨拶をしてくると言う。 「行ってら」  ついて行ってもいいが、N子の立場もあるだろう。お礼は店を出る時でいいかと思い、席で待つことにした。  唐突にN子が戻ってきた。 「会計終わったよ!」  2人でかかったお金は、全てN子の方で支払ってもらって、後でいっぺんに清算することになっている。 「あと、テイクアウトのローストビーフ丼」 「ありがたや」  見送りに来てくれた奥さんと、少しだけ外で話した。店の前の花壇の話や、店の中で育てている水耕栽培の話など。  今回私は見なかったが、店の裏で野菜を干すのにもハマっているらしい。  というか、何で全部店なんだろう。  料理に使っているわけでもない。  完全に、奥さんの趣味である。  同時に、なんて元気で明るくて楽しい人なんだろうとも思う。 「あ、片付けがあるので、そろそろ失礼しますね」  とんでもない。  むしろこちらが付き合わせてしまって、申し訳ないくらいだ。  車に戻ったら、N子からローストビーフ丼の説明を受けた。 「上がローストビーフで、下がご飯ね。まだあったかいから、少しフタを開けて冷ましてくださいって。それから、これが温泉卵。保冷剤を入れてるから大丈夫だと思うけど、変なにおいしたら捨ててだって」  私が東京に戻って食べると知って、わざわざ気を使ってくれたのだ。  なんだか本当にもう、何と言ったらよいのやら。 「すごいな……」  その厚意たるや、こちらが少し動揺してしまうくらいである。 「よし、じゃあ行こうか」  N子が車を動かす。  駐車場を出て、歩道に差し掛かったその時。 「あれ!?」 とN子が声をあげた。  見れば、店から出てきた奥さんが、全速力でこちらに走って来る。 「何事?」  不思議に思いつつ、N子が運転席で窓を開けた。 「お箸……お箸、忘れてました」  息を切らしながら、奥さんが笑って割り箸を差し出したのだった。  改めて、車を道路に出す。 「いやあ、何事かと思ったよね」 「まさかお箸とは」 「私たちも全く気が付かなかったし」 「もう……本当いい人でしょ?」  N子が笑いながら、そう言った。
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