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「……私ね」
ぼんやりと夏空を眺めながら呟く。
「実は、浴衣があまり好きじゃないの。あと、この髪型も。本当は、ショートカットにして、楽な恰好でここに来たかったんだ。でも、できなかった」
「どうして?」
「自分の好きを主張して、皆から嫌われちゃうのが怖かったから」
「たしかに、嫌われるのは怖いね」
「月島くんも怖いの?」
「うん。嫌われるのが怖くない人なんていないよ」
「……そうだよね」
「今日もさ、きっとこういう恰好せずに夏祭りに来てたら、クラスの人に嫌われることもなかったのかなって、ちょっと思ったりした」
月島くんが見たことのないような寂しそうな顔で遠くを眺めた。今まで何を言われても無言だった彼の本心を覗いてしまった気がした。
「自分を主張すると、ちゃんと嫌われるんだ。仕方ないけどね」
そして、彼は一度ゆっくり目を閉じてから、真っすぐ前を見つめて微笑んだ。
「だけど今日、この姿でお祭りに来られて凄く楽しかった。僕は花柄とか、華やかな柄が好きなんだけど、そういう浴衣は女性用にしかなくてさ。だから、これを選んだ。複雑な理由があると思う人もいるみたいだけど、理由はいたってシンプルなんだ。どうせ華やかな浴衣を着るなら、メイクとか髪型もそれに合ったものにしようと思って色々練習した。まだまだ下手くそだけどね。でも、今の自分の姿は嫌いじゃないんだ」
彼はさっきより弾んだ声で話し、楽しそうに微笑んだ。好きなことを話す人の顔は、綺麗で生き生きとしている。彼はちゃんとここで息をしていた。
「私も、来年の花火大会は好きな恰好で行けるかな」
「工藤さんなら、きっと大丈夫だよ」
「……そうだといいけど」
突然、月島くんが何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ。工藤さん、花火大会の起源って知ってる?」
「花火大会の起源?」
「そう。江戸時代に大飢饉で亡くなった人たちの霊を弔うために打ち上げられたのが始まりなんだって。だから、花火には霊をあの世に送るっていう意味があるんだ。僕はそれを知ってから、嫌な自分とか変えたい自分を花火にのせて空に送ったら、新しい自分に生まれ変われるんじゃないかって勝手に思うようになってさ」
「随分と変わった花火の見方だね」
「たまにはロマンチックじゃない花火の見方があっても良いかなと思って」
月島くんが微笑んだ時、大きな破裂音が鳴って、目の前がパッと明るくなった。
「きれい!」
夜空に色とりどりの大輪の花火が咲いて、暗闇に静かに消えていく。光の粒が一つ一つ輝き、強い意思を持っているようだった。空に打ちあがる花火が、まるでチアガールのポンポンのように見えてくる。
花火は毎年上がるけど、その年によって見方が違う。
一昨年は、友達と見た愉快な花火。
去年は、一人で部屋から見た哀愁の花火。
今年は、ちょっと変わった決意の花火だ。
「自分の好きを隠して生きてきた私が生まれ変われますように」
私が静かに呟いてから、月島くんも呟いた。
「誰とも分かり合えないと思っていた僕が生まれ変われますように」
細い笛のような音が鳴り、光の竜が空高く登る。私たちの想いをのせた花火は、眩しいほど輝いて、希望の花を咲かせた。
その瞬間、心の箱が爆発して、私の好きが溢れ出した。
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