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蒸し暑さが加速する七月二十日。約束していた花火大会の日を迎えた。
おさがりの水色の生地に白い小花が描かれた浴衣を着て、待ち合わせの時計台に向かった。帯がきつくて息がしにくいし、履きなれていない下駄は転びそうになる。
「夏美、こっちこっち」
先に着いていた皆に呼ばれて、早歩きで向かうが、体が固定されてロボットのような歩き方になる。普段使っていない筋肉を酷使して、すでに太ももが痛い。
「これで全員揃ったね」
「やっぱ女子の浴衣可愛いな」
男子に褒められて、照れた環奈が早口で言った。
「男子も着て来れば良かったのに」
「いや、俺たちは動きやすいほうがいいし」
そう言う男子たちは、Tシャツに短パン、履きなれたスニーカーという何ともシンプルな恰好だった。
……良いなあ。私は羨ましそうに彼らの服装を眺める。屋台を回る時も、座ってご飯を食べる時もそっちの方が動きやすそうだ。そして何より涼しそう。
「夏美、どっちの男子が気になるの?」
美咲が耳元で私にこっそり話しかけてくる。
「え!なんで?」
「熱い視線で見てたから」
「違う、違う。ぼーっとしてただけ」
「ほんと?」
「ほら、早く行こうよ!」
誤解を解こうと美咲に説明していたら、お腹を空かせた環奈が美咲の腕を掴んで屋台に連れて行った。私も慌てて二人の後に続く。
人の流れにうまく乗りながら、派手な電飾やカラフルな文字で飾られた屋台を眺めた。
「なに食べるー?」
「焼きそばとタコ焼き食べたい」
「お好み焼きも買って分けようぜ」
「いいね」
腹ペコの皆で作戦を練りながら、屋台を一つ一つ見ていたら、
「あれ」
男子が驚いた顔で指をさし、皆の視線が一斉に一人に集まった。
「あれ、月島じゃね?」
「え、どれ」
「白っぽい浴衣の。写真で見た月島にそっくりじゃん」
「まじ?呼んでみよーぜ。おーい、月島!」
焼きそばの屋台に並んでいた浴衣姿の月島くんがゆっくり振り向く。正直、月島くんだと言われても、じっと目を凝らしてみないと分からなかった。
白地に赤色の椿が描かれた綺麗な浴衣を身にまとい、髪は後ろでお団子にしてまとめている。風に揺れる後れ毛が彼の儚い雰囲気によく合っていた。
パッチリとした目を目立たせる強めなアイライン、長く綺麗に伸びたマスカラ、真夏の夜のスリルを感じさせるワインレッドの唇。
まばたきまでもが気品があり、屋台に吊るされた風鈴の音色までもが彼の一部のようだった。風鈴だけじゃない。眩しい電飾も、風に揺れる暖簾のようなメニュー表も、行き交う人の浮かれた声も、そこにある全てが彼の魅力を引きたてていた。
素敵だし、何より堂々としていてカッコいい。これが……目を奪われるってことか。
「うわ、まじで女装してんじゃん」
「それが何か」
きっぱり言うと、彼は私たちを無視して焼きそばが出来上がるのをじっと待った。皆は色々と質問したが、何も答えない月島くんに痺れを切らし、ぞろぞろと歩き出した。私も慌てて後を追う。
「女装とか引くわ」
「全然似合ってなかったね。自信ありげだったけど」
「写真撮っておけば良かったな。クラスのやつに見せたかったし」
「たしかに。いいネタになったのにね」
本人がいないことを良いことに、言いたい放題ぶちまける。私は何も言えず、ただ足元を見つめながら歩いた。下駄の鼻緒で赤くなった足の甲がカッコ悪い。まるで泣きはらして鼻が赤くなった子供みたいだ。
……あの時と同じ。
他人の言葉を気にしてベリーショートが好きだと言えず、月島くんを真っすぐに見られなかったあの時と。
私はまた、人に流されて自分の好きを主張できなかった。素敵だと思ったことを心の箱に閉まって、誰かの言葉で鍵をかけた。心の中が閉ざされた箱だらけで、いつの間にか自分のスペースが無くなってしまった。どうりで心が鉛みたいに重くて、不自由で、楽しくないわけだ。
私、工藤夏美は……一体どうしたい?
「ほら、手を繋いでないとはぐれちゃうよ」
隣を歩く見知らぬお母さんが小学生くらいの子供の手をギュッと掴んでいる。
……はぐれちゃうか。たしかに、はぐれたら大変だ。
「放してよー」
子どもがお母さんの手をブンブン降って、不満そうに頬を膨らましている。
ああ、そうか。
私は歩みを止めて、前を歩く皆の背中を見つめた。どうせ、ここに本当の私がいないんだったら、はぐれてしまえばいい。夏祭りならそれができる。
皆とはぐれて、一人になって、行きたいところに行けばいい。
足を止めた私と皆との間にどんどんと距離が空く。さっきの子供と母親も人混みに消えていき、今はどこに行ったのか分からない。私は背を向け、人の流れに逆らいながら、精一杯足を動かした。ずっと眠っていた心臓の鼓動が全身を駆け巡る。
焼きそば、りんご飴、たこ焼き、水あめ、とうもろこし……食べ物の迷路に迷いこみながら必死に探し続けたら、綿あめの屋台に並ぶ月島くんを見つけた。
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