グッバイ花火

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「あの」  勇気を出して、震えた声で呼びかける。いざ面と向かって話すとなると緊張してしまい、何を話せばいいのか分からない。月島くんは表情を変えずに、顔がりんご飴みたいに火照った私を見つめていた。全身から汗が吹き出し、緊張から涙目になる。大きく深呼吸をして、周りの人の声に負けないようにはっきりと言った。 「浴衣とメイク素敵ですね。私、凄く好きです」  心臓の音が耳元で聞こえるくらい大きくて、周りの音も聞こえない。月島くんは目を丸くして、持っていた焼きそばの袋を漫画みたいに落とした。慌てた彼だったが、さすがは月島くん、丁寧にかがんで袋を取った。流れるような仕草にまたしても目が奪われる。 「ありがとう」  少し微笑んだ顔は、ほんのり嬉しさを交えた優しい顔だった。 「突然変なこと言ってすみませ……」  私は帯の存在を忘れて力いっぱいお辞儀をした。そのせいで、自分に腹パンをしたような痛みを感じ、「うげっ」と情けない声を出す。月島くんの気品のある姿とは大違いだ。  それを見た彼が心配そうに、でも少しだけ笑って聞いた。 「大丈夫?」 「……はい、大丈夫……です」 「そういえば、クラスの人とはぐれちゃったの?さっき一緒にいたところ見たけど」 「はい。はぐれました」 「それは大変だ。急いで探さないと」 「良いんです。わざとなので」 「わざと?」 「はい。皆んなと離れて、一人で行きたい場所があったんです。それに、私は元々、あそこには居なかったんです」 今も皆から連絡は入らない。分かってはいたけど、そういうことだ。私はずっと透明人間だった。  月島くんは不思議そうな、でもどこか察したような顔で首を傾げた。 「はい、お待たせ」   顔くらいに大きくなった綿あめを店員さんが差出し、彼がそれを満足げに受け取る。 「人多いから、あっち行こう」 彼に導かれ、二人で静かで暗い脇道に入る。屋台で賑わった道とは打って変わって、木が茂った道は落ち着いた風が吹いていた。 彼は雲を操る魔法使いのように、綿あめを器用に手で千切った。 「工藤さんも食べる?」 「いいの?」 「うん」 入道雲を差し出されて、夏の味をゆっくりと口に溶かす。ほんのり甘くて、どこか懐かしい。すぐに溶けてなくなる幸せの時間を二人で噛み締める。 「あと、二十分で花火始まるね」 「そっか。今日、花火やるんだったね。忘れてた」 「せっかくだし行こう。いい場所、知ってるんだ」  そう言って、彼が楽しそうに手招きした。二人並んで、早歩きになりながら目的地を目指す。カラン、コロン。二人で奏でる下駄の音色が、猫の鳴き声のように心地よく響く。痛くて歩きにくいとしか思っていなかった下駄が、今は少し好きだった。 「下駄の音って良いね」 私が静かに呟くと、彼も優しく頷いてくれた。 暗い脇道をしばらく進み、狭い階段を上る。石でできた階段は不均等で、高かったり低かったりと登るのが難しい。二人とも浴衣で足が上がらず、息も絶え絶えになりながら何とか登り切った。  狭い階段を上ると、街灯と小さいベンチと水飲み場があるだけの狭い公園があった。 「ここはマップにも載ってないから、皆知らないんだ」 「え!私に教えちゃって良かったの?」 「うん。さっき褒めてくれたお礼。嬉しかったから」  そう言って、月島くんが恥ずかしそうに笑った。無邪気な子供のような、だけど大人の気品のある笑い方。クラスで月島くんが笑っている姿は見たことがなかったから、とても神秘的なものに感じた。 「ここならベンチに座って花火を見られる」 「贅沢だね。ありがとう」  二人で肩を並べて腰掛ける。スマホを確認すると、花火が上がるまであと十分ほどだった。そして、やはり皆からは連絡が入っていない。
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